2011/03/04 00:09:53
北方領土問題 79
ノモンハン事件 21
第二次ノモンハン事件
隠蔽歩兵の有効性と限界
ノモンハンの戦場は丈の低い草原と砂地で、防御側を利する地形要素は何もなかった。
ハルハ河西岸(ソ連側)は、日本側より標高が高かった。
それでも、日本の歩兵はタコ壺を掘って身を隠し、砲兵はごく緩い稜線を利用して身を隠せそうな陣地を作った。
こうした間に合わせの防御に対し、ソ連軍は一気に蹂躙すべく戦車だけ、あるいは戦車と歩兵で繰り返し攻撃をかけた。これは、地形と装備差から予想されるような一方的殺戮にならなかった。防御側の損害も大きかったが、歩兵の肉薄攻撃で多数の戦車が破壊され、攻撃側の損害も大きかった。
しかし、日本軍部隊が何らかの活発な行動を起こすと、高地に位置するソ連砲兵の良い標的になった。8月下旬の戦闘では、日本側が陣地から出て反撃を試みた際に、かえって大きな打撃を被る事となった。こうした状態で補給を受けることは極めて困難で、部隊は持久できなかった。北の夏の短い夜の間だけが、日本軍の行動にいくばくかの安全を与え、夜襲と撤退の機会を与えた。
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