2008/12/14 00:18:37
宗谷岬の旧海軍望楼跡
平和な現代に取り残された戦争遺構から
戦争を知らない我々は、何を感じ取ることが出来るでしょうか。
戦争を知らない我々は、何を感じ取ることが出来るでしょうか。
帝政ロシアとの国交が悪化し始めた明治35年に
国境の備えとして旧帝国海軍が建設したものです。
国境の備えとして旧帝国海軍が建設したものです。
当時最強といわれたロシアのバルチック艦隊が
宗谷海峡、津軽海峡、東シナ海のどこかを通過し
ウラジオストクに集結するかを察知することは、戦略上極めて重大
であったことから、同望楼の海上監視にも、任務の重要性が課せられました。
宗谷海峡、津軽海峡、東シナ海のどこかを通過し
ウラジオストクに集結するかを察知することは、戦略上極めて重大
であったことから、同望楼の海上監視にも、任務の重要性が課せられました。
多くの旅人が目指す、最北端の地、宗谷岬。
その岬の高台に、海と行きかう旅人達を見守る灯台と、この遺構があります。
半円柱の不思議な遺構、海軍望楼跡です。その岬の高台に、海と行きかう旅人達を見守る灯台と、この遺構があります。
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