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国道229号 続 
 義経・成吉思汗説 

 
現在の国道229号を、けもの道として江戸時代に、和人として
初めて歩いた人物がいた。
文化6年(1809)宗谷を目指し樺太に渡った間宮林蔵である。

 間宮林蔵は幕府隠密を勤めた役人だった。
間宮はアイヌ語を話せたので、日本海沿岸のアイヌ部落を頼りに
北上し道案内をさせたのではないかと思う。
1809年、間宮が樺太を探検し大陸につながっているのではなく島
であることを発見したが、もう一つの目的が幕府から隠密として命
を受けていた。

 それは、義経伝説の真偽を探ることである。
間宮はアムール川(黒竜江)流域の人々に義経のことを訪ねた。
すると「漢土の天使は(清王朝)日本人の末と聞いている。」と答えた
と報告している。
 間宮林蔵の報告を受けて、1823年に日本にきたシーボルトが
義経・成吉思汗説を打ち出す。
シーボルトは自国への報告の必要性からも間宮から蝦夷地のこと
を細かく聞いたものと思われる。
シーボルトがいなければ間宮海峡という日本人の名前は地図上に
現れてことはなかった。
シーボルトは帰国後、著書「日本」を著し、義経・成吉思汗説を主張した。

 
(写真は、稚内公園にある氷雪の門・40キロ先が樺太である)
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2008年8月7日。 日本の一番東にある根室から出発します!
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