色丹島(しこたんとう)
北方領土(ロシア名:Остров Шикотанシコタン島)
住所/(日本の行政区域では根室支庁)
北海道色丹郡色丹村
面積/255.12k㎡ 周囲/152.3km
人口/3,169人(2006年ロシア統計)
[昭和20年8月
当時1,499人(ウィキペディア)/1,038人(シマダス)]
アクセス/ビザなし交流(元住民、他関係者)
(ロシアのビザを取得して行く)
【船・サハリンクリル海運】
サハリン・コルサコフ(大泊)港→斜古丹港
※ロシア発行のビザを取得して渡航する方法は、
北方領土をロシアの領土と認めることになるので、
日本政府はこの方法での渡航に自粛要請をしています。
●歯舞群島の多楽島から北東へ約20kmほどの所に
色丹島はあります。
●最高峰は島の北側にある斜古丹(しゃこたん)山(412.6m)。
斜古丹山を中心に北側は高い山々が連なり、南に行くにつれて
緩やかな山や丘が続いています。
●島内からは縄文式土器やオホーツク土器(モヨロ式土器)、
貝塚が発見され、古くから人が住んでいた形跡があります。
●日本人(和人)がこの島と関係を持ち始めたのは18世紀の終り
の頃ですが、それ以前は少数のアイヌの人々が暮らしていました。
1856年から20年ほど無人島になったことがありますが、1875年
(明治8年)の千島・樺太交換条約締結後の明治17年に、千島列島
の北端にある占守島から97人の千島アイヌ(クリル人)が色丹島に
強制移住させられたという記録があります。
彼らはその後生活環境に馴染めず絶滅したと伝えられています。
●日本人(和人)が本格的に定住を始めたのは明治20年頃からで、
大正から昭和の はじめには捕鯨基地なども出来、大いに栄えま
した。
●1945年9月以来ロシアの統治下になっており、斜古丹に中心集落
があります。
●色丹島の名前の由来はアイヌ語のシ・コタン(大きい・村)。