2013/03/03 07:26:57
シャクシャインの戦い(1)
寛文9年(1669年)6月21日、
東蝦夷地のシラオイ(胆振・白老)アイヌが、突然異変を松前藩に知らせてきた。
6月14日にシコツ(胆振・支笏)近辺で、アイヌ民族が和人を襲い、
鷹待(鷹を捕まえる者) をはじめ船頭達を殺害したということであった。
松前藩はこの報に大いに驚き、23日、その真相を探るべく急遽噴火湾沿岸の
クンヌイ (国縫)に数名の家臣を派遣して、同地の親松前藩のアイヌを奥地に
忍び込ませた。
しかし、正確な情報をつかめないまま、
7月5日には、遂に西蝦夷地のアイヌ民族も蜂起した旨の通報に接するに至った。
松前藩が最も恐れていた事態が生じたのである。
これが近世最大のアイヌ民族の反松前藩・反和人の戦いとなった
シャクシャインの戦いの始まりであった。
(写真は、シャクシャイン蜂起時代)
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