2011/10/06 00:38:14
石狩川右岸シペツプト(現月形町) <樺戸集治監> |
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樺戸集治監が石狩川右岸シペツプト(現月形町)に7400坪の全国一の規模で | ||||||
設置された。工事の請負業者は大倉組商会(現大成建設)で、建設予算は10 | ||||||
万円である。初代典獄(刑務所長)は月形潔。収容人数は、最高2365人 | ||||||
(明治22年)通常1300人程度が収容されていた。後に樺戸監獄署、北 | ||||||
海道集治監樺戸本監、樺戸監獄と名称が変更され、1919年(大正8年) | ||||||
1月に廃止された。 | ||||||
月形町は内務省御用掛権少書記官から樺戸集治監(明治14年~大正8年) | ||||||
の初代典獄に任ぜられた月形潔氏の姓を取り、明治14年7月1日、空知支 | ||||||
庁管内第1号の村として誕生しました。 | ||||||
樺戸集治監は、明治維新後の新政府が全国多数の国事犯や重罪犯を収容する | ||||||
ため、全国で3番目、北海道では最初にシベツブト(現在の月形町)に設置 | ||||||
されました。 | ||||||
この集治監の囚人による農地開墾や道路開削などが礎となり、今日の月形町 | ||||||
があります。 |
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