2011/08/03 00:09:18
北海道の石川啄木の歌碑
石川啄木は明治45年に亡くなりますが、明治40年21歳の時に北海道
にわたります。
明治40年5月函館に移り、9月札幌、更に9月末には小樽、明治41年
1月釧路、3月には釧路を離れる短い期間でしたが、代表的な歌を数多
く残しております。
この間の歌を明治43年、啄木24歳の時に東雲堂書店出版、処女歌集
『一握の砂』として世にだします。
北海道には41の歌碑が刻まれ、銅像とともに親しまれております。
函館市4・倶知安町2・小樽市3・札幌3・岩見沢市北村1・美唄市1
砂川市1・釧路市26。
ちなみに、最もたくさんの歌碑があるのは、岩手の69(盛岡52)です。
歌別の数では
「ふるさとの山に向ひて 言ふことなし ふるさとの山はありがたきかな」
が最も多く11箇所。北海道にはありません。
北海道で最も有名な函館大森浜の啄木小公園の
「東海の小島の磯の白砂に われ泣きぬれて 蟹とたはむる」
は全国で5箇所。一握の砂「我を愛する歌」から。
歌の碑文は、『一握の砂』(5章からなる)のものですが
「忘れがたき人々」の章が主なものです。
小樽市の水天宮にも昭和55年に建立されております。
「かなしきは小樽の町よ 歌うことなき人人の 声の荒さよ」
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