岩見沢市
91,062人(人口、2009年6月30日)
アイヌ語の地名が多い北海道において、岩見沢は数少ない
和名の都市です。
明治11年に幌内煤田を開採のため、開拓使は札幌~幌内間の道路
を開削に当たり、当市の北部、幾春別川の川辺に休泊所を設け、
ここで浴(ゆあみ)して疲れをいやしたといわれています。
当時の人々にとって、この地は唯一の憩いの場所として、
「浴澤」(ゆあみさわ)と称するようになり、これが転化して「岩見澤」
(いわみざわ)と呼ばれるようになったといわれています。
岩見沢市(いわみざわし)は、空知支庁南部の市、空知支庁所在地。
平成18年に栗沢町・北村を編入合併した。
明治15年11月13日、幌内煤田鉄道の幌内~手宮間が全線開通し、うっそうとした未開の地に文化の光が差し始めました。
明治16年に公布された移住士族取扱規則により、この地に札幌県勧業派出所が設置され、明治17~18年には、山口県・鳥取県ほか10県からの士族277戸、1,503人の集団移住により、初めて開拓の鍬は打ち下ろされました。
明治17年10月6日、設村の告示により岩見澤(イワミザワ)村となり、戸長役場、郵便局も設けられ、開拓の事業も順調に進み、活気のある村となってきました。
明治22年には、岩見澤・滝川・忠別太(現旭川)間、明治23年には岩見澤~夕張間に道路が開通しました。また、明治24年に岩見澤~歌志内間、同25年に岩見澤~輪西(室蘭)間の鉄道が開通し、岩見澤駅も元町から現在地に移転、新市街地が形成されるとともに、陸上交通の要衝となりました。
明治30年10月には空知支庁が設置され、同33年7月、1級町村制による岩見澤村となり、人口も12,518人、村勢は急速に伸展しました。
昭和32年桂沢多目的ダムの完成によって、上水道拡張事業、都市計画も急速に進みました。
ふるさと百餅祭り
1983年、岩見沢開基100年を記念して、有志数名ではじめた祭り。五穀豊穣、商売繁盛、健康長寿、岩見沢の発展を祈念し、世界一の大臼(直径2、4メートル)、重さ(3、5トン)と杵(200キロ)で1俵(60キロ)の餅を、百餅若衆の音頭に合わせてヨイトマケ方式でつきあげる、ダイナミックな祭りです。