旧永山武四郎邸
所在地:札幌市中央区北2条東6丁目
永山は明治21年(1888年)6月から
第2代目北海道庁長官を兼ねた方です。
明治22年には屯田兵司令官に就任し、
北海道庁長官退任後の明治28年には
臨時第7師団司令官ともなりました。
屯田兵を掌握し軍部内では一大勢力でしたが、
政治的野心はなく、中央の政治抗争のために
その力を行使することはありませんでした。
終生北海道を案じ、その身を捧げた武人。
武四郎は永山神社・北海道神宮末社開拓神社に祀られています。
永山神社には銅像が建立。
武四郎の生誕の地である鹿児島県鹿児島市薬師にはそれを
記す説明板が設置され、北海道札幌市中央区には永山武四郎の邸宅
である旧永山武四郎邸が保存されています。
札幌駅の歴史
1880年(明治13年)、手宮(小樽市)・札幌間に開通した
幌内鉄道の終点に、札幌停車場として開業しました。
1881年(明治14年)新しい駅舎が完成し、翌1882年(明治15年)
1月から使用された。
同年6月には札幌から江別まで、12月には幌内(三笠市)まで、
冬季を除く運行が始まった。
民営化によって、札幌駅は1888年(明治21年)の北有社を経て、
1889年(明治22年)に北海道炭礦鉄道の手に渡った。
冬季の営業中止は廃され、札幌の発展とともに駅舎が増築された。
周囲に関連施設も建ち、札幌駅の規模はしだいに大きくなった。
1907年(明治40年)10月に駅舎が火災を被ったため、
1908年(明治41年)に建てかえ工事をはじめ、同年12月に完成させた。
木造2階建て838坪で、洋風の建築だった。
この三代目駅舎は現在野幌森林公園内にある
「北海道開拓の村」に復元され、同施設の正門を兼ねている。
北方圏構想と北方圏センターの設立
昭和46(1971)年、北海道開発の長期的な指針である
「第三期北海道総合開発計画」(10カ年)がスタートし
その中に北方圏諸国との交流を目指す北方圏構想が
盛り込まれました。
この北方圏構想は、北海道と同じような積雪寒冷の
気候風土の中で長い歴史を持ち、高い文化を培ってきた
北米、カナダ、北欧諸国などとの交流を通じて
北海道の産業経済や生活、文化の向上を図り
北国の風土に根ざした北海道らしい地域づくりを進めて
いこうとするもので、これは開拓以来の中央から持ち込ま
れた南方志向の発想を、北海道の風土に立脚した
北方志向の発想へと、道民意識のドラスティックな
転換を求めるものでもありました。
北方圏交流を主軸としたシンクタンク機能、データバンク機能
エクスチェンジ機能を持った全国でもユニークな国際交流団体
として活発な活動を展開し、冬の生活に対する道民意識の
改革や特色ある地域づくりに向け、多方面に大きなインパクトを与えてきました。
札幌控訴院として建てられたものです。
平成9年(1997)5月に国の登録有形文化財に選定されました。
札幌出身の画家おおば比呂司の絵画を展示した記念室もあります。
正面玄関部分の目隠しをした女神の首像はギリシャ神話の法の女神テミス
に由来し、 その左右の秤と剣は公平と正義を表し、後方2階の2つの鏡は
真実を表しています。
「アイヌモシリ」
と呼ばれていました。
明治2年、日本の国土としてより明確にする為
に「北海道」と名づけられました。
日本人(和人)は近代に至るまでアイヌを蝦夷(えぞ)、
その土地を蝦夷地(えぞち)もしくは北州、十州島などと
呼んでいましたが、明治政府は開拓使の設置に伴い
名称の変更を検討し、蝦夷地探査やアイヌとの交流
を続けていた松浦武四郎は政府に建白書を提出
「北加伊(きたかい)道」
「海北道」
「海東道」
「日高見(ひたかみ)道」
「東北道」
「千島道」
の6案を提示しました。
また、律令制時代の五畿七道の東海道、南海道、西海道の
呼称に倣う形として「北海道」と命名された。
炭鉱画家「山本作兵衛」の220点展示!
明治から昭和にかけての坑内労働者などの様子を絵筆で残し
た山本作兵衛(1892~1984)
山本氏は明治中期から田川市の中小炭鉱(福岡県筑豊地方の炭鉱)
で働いた。
国のエネルギー政策の転換で閉山が相次いだ1950年代から
「消え行くヤマの風景を残したい」
と墨や水彩画で描き始め、約1000点を残した。
南北の地から見つめなおす試み。
12月21日まで展示。入場は無料。
釧路市市立博物館
札幌の隣町に北広島市があり、
その東に夕張郡長沼町というところがあります。
第1回樋口一葉賞を1942(昭和17)年に受賞したものです。
辻本さんは、戦後の昭和21年に亡くなっております。
戦争を挟んでの不運な時期でした。
長沼には馬追山があり、このことを記念して文学台と碑がつくられ
ております。
に登ることができますので一度は訪ねてみられてはと思います。
この「馬追原野」の初版本がオークションで5000円の値段がついております。
レンガ造りの西洋館で国の重要文化財です。
として一般に公開され、一部は隣接する現道庁の会議室として
現在でも使用されています。
を示す石碑が立っています。