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岩内町10
 たら丸
                                 

 広い北海道を走るのは本州のドライバーたちには夢のようだ。

 先日も山口県から来ていた年配夫婦は
 道路が広いのと対向車が来ないことに驚いていた。

走りやすい分スピードが出るので事故が起きると大事になる。

 現在、北海道の「道の駅」は114箇所ある。
初めて北海道を車で旅するには便利な目印で、トイレもあるし、
その町のことが分るパンフレットが揃っているので情報がとりやすい。
それに便乗して最近はB級グルメや町のマスコットも作られている。



(写真は岩内のマスコット人形・たら丸)
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岩内町9  
 民宿の多い町                                

 岩内が面白いのは、この小さな町で北海道の歴史に
貢献した人たちが多く出ているということだ。
あの夏目漱石立籍地記念碑まである。不思議な町だ。  
                                  
 現在の岩内町をみると、不思議なことに気がつく 
 「どうしてこんなに飲み屋があるのだろう」。

 
民宿の多い町で、素泊まりばかり。
いくら海釣りとは言っても、ここまでは必要はないだろう。
町の人に聞いて納得した。

隣の泊原発のおかげということだった。
 泊村は隣町である。



岩内町8
アスパラ
                                      

  札幌から230号線で道南に行くには中山峠で
  一休みをするドライバーは多い。
この峠は札幌市と喜茂別町の境界でもある。

 羊蹄山を背景に写真を撮る人気スポットでもある。
写真を見ると三本のポールが一緒に写ることがある。

喜茂別名産のアスパラガスである。
今でこそ喜茂別の名産品だが、これを日本に持ち込んだのは岩内の人だった。


 生産に三年かかるこのアスパラを平地のない岩内では無理、
 喜茂別に依頼し説得した話は、今に通用する話だ。


  岩内町7
木田金次郎美術館 その2
 札幌の南区に
「札幌芸術の森美術館」がオープンしたのは昭和61年(1986)である。

駐車場から森の美術館に入る入口に、ある建物が建っている。

 札幌にゆかりの深い文豪、有島武郎の邸宅である。
この建物は大正2年に建てられたもので、そのまま移築復元した。
有島武郎の札幌における二軒目の建物で、現在の北大近くに建てられていたものである。

この邸宅の階段踊り場に「木田金次郎」の作品が飾られている。
岩内の美術館が出来る前で、一枚の絵で世に問うた配慮であったと思われるが、
それに十分応える作品だった。

木田金次郎とは有島の「生まれ出悩み」の主人公である。                                          

写真は、芸術の森にある有島武郎邸の階段にある木田の絵


 岩内町6
木田金次郎美術館 その1
 
                                           
 岩内には昔鉄道があった。

 大正元年から紆余曲折はあるが
昭和61年まで函館本線の小沢駅と岩内駅間で終着駅だった。

今はすべて撤去され
その跡地には「道の駅いわない」と中央バスのターミナルになっている。

更に、この旧国鉄岩内駅舎の操車場跡地に
木田金次郎の長男が設計した美術館が建てられた。
平成6年のことで「木田金次郎美術館」である。

 美術館の構造は、終着駅で蒸気機関車を回転させるための
ターンテーブル(転車台)と貨車、客車を表現した建物となっている。


ツルアジサイ(蔓紫陽花)                                               鎌倉や箱根のアジサイは満開だが北海道はこれから。山に咲く「ツルアジサイ」もようやく咲き始めた。木に絡みつきながら這い登る「ツルアジサイ」はアジサイとは違った醍醐味がある。

岩内町5
 富豪番付

写真は大正7年北海道の漁業家番付一覧表である。

日本海沿岸がどれほどの鰊業であったかが偲ばれる。
その横綱が岩内である。



後見が小樽の「高島水産試験場」であるところが時代を感じる。


アカシアの花                                               今、札幌はどこに行ってもアカシア(ニセアカシア)の花が満開である。昭和30年の西田佐知子のヒット曲「アカシアの雨がやむとき」を聞いていた当時は、アカシアの雨とはどんな雨なのかと不思議に思ったものだ。北海道を回ると、アカシアの並木道を多くみかける、風が吹くと白い花が雨のように舞い降りてくる。アカシアをテーマとした作詞や小説は多い。

岩内町4
 飢餓海峡
 

岩内大火から6年後の
昭和36年に文芸春秋社主催の講演会が開かれた。

3名の講演だったが、その一人に第45回直木賞の水上勉がいた。

6年前のことが話題となった。
洞爺丸台風は知っていたが岩内大火は知らなかった。
翌年1月より週刊朝日に台風による岩内大火と洞爺丸遭難が
事件の発端となる「飢餓海峡」の連載が始まった。


(写真は「水上勉」と「木田金次郎」)

岩内町3


 昭和29年9月29日
  台風15号で岩内の町は3000戸、漁船80隻とともに灰となった。

<翌日の北海道新聞が写真である>

しかし、一面トップ記事は青函連絡船洞爺丸の沈没だったため
二番手になってしまった。
町の大半が焼けてしまったが、その火元は残った。

その理由は、当時火鉢に鍋を被せて出かけていたが強風で屋根が
飛び火鉢ごと吹っ飛んだという。
吹っ飛んだ先から海に向かって風が吹き、それで収まると思ったが
風は方向を変えて進み西から東に更に東から西へと一周をしてしまった。







2008年8月7日。 日本の一番東にある根室から出発します!
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HN:
上家二三夫
性別:
男性