2012/02/27 09:24:14
追分町鉄道のあゆみ
石勝線のJR事故が昨年より相次いで起きておりますが、都度地名
で出てくる追分町のあゆみを掲載します。
尚、現在の石勝線が開通されたのは昭和56年10月1日でした。
追分町鉄道のあゆみ
明治22年 北海道炭鉱鉄道会社の室蘭~岩見沢、夕張線鉄道敷設が認可
され追分(当時アビラ)は、夕張線の分岐点となる。
明治25年 岩見沢~輪西間、追分~夕張間の鉄道開通する。
追分機関庫、追分駅が開設される。
明治39年 鉄道国有法が公布され、国有鉄道に買収となる。
大正7年 追分機関庫全焼。昭和11年 追分機関庫が札幌鉄道局追分機関区となる。
昭和40年 追分線(石勝線の一環、追分~千歳17km)の建設工事開始。
昭和50年 夕張~追分間にわが国最後のSL走る。
昭和51年 追分機関区扇形車庫全焼。
昭和52年 追分機関区扇形新車庫完成。
昭和56年 石勝線開通。
昭和57年 追分町開基90周年、分村30周年記念事業実施。
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2012/02/18 10:52:39
有珠善光寺
室蘭から長万部に向かって国道37号線がありますが、
伊達市の街中を過ぎて10分ほど走ると旧37号線に入る道があります。
有珠湾に沿いながら迂回した道です。
丁度入り江になる所に有珠善光寺があります。
826年、比叡山の僧であった慈覚大師が、自ら彫った本尊阿弥陀如来
を安置し、開山したと伝えられています。
上ノ国の上国寺が1443年と伝えられているので北海道で一番古いお寺
になると思えます。
1804年、時の将軍徳川家斉公により蝦夷三官寺の一つとして、正式な
建立をみた江戸の芝増上寺の末寺です。
蝦夷三官寺とは、日高様似の等澍院、厚岸の国泰寺と並ぶものです。
昨年は、三回ほど訪れましたが行く度にお寺の顔が変わり興味が絶えません。
広い庭には有珠山の噴火で飛んできた巨岩がいたるところにあります。
花見の名所としても知られていますが、四季折々に境内の風景が変わります。
室蘭から長万部に向かって国道37号線がありますが、
伊達市の街中を過ぎて10分ほど走ると旧37号線に入る道があります。
有珠湾に沿いながら迂回した道です。
丁度入り江になる所に有珠善光寺があります。
826年、比叡山の僧であった慈覚大師が、自ら彫った本尊阿弥陀如来
を安置し、開山したと伝えられています。
上ノ国の上国寺が1443年と伝えられているので北海道で一番古いお寺
になると思えます。
1804年、時の将軍徳川家斉公により蝦夷三官寺の一つとして、正式な
建立をみた江戸の芝増上寺の末寺です。
蝦夷三官寺とは、日高様似の等澍院、厚岸の国泰寺と並ぶものです。
昨年は、三回ほど訪れましたが行く度にお寺の顔が変わり興味が絶えません。
広い庭には有珠山の噴火で飛んできた巨岩がいたるところにあります。
花見の名所としても知られていますが、四季折々に境内の風景が変わります。
2012/02/16 10:56:44
明治維新後、新政府は次々と北海道開拓に対して
対策が打たれていきます。
明治2年6月17日、274大名から版籍奉還が行われ土地と
人民は政府所轄となっていましたが、実態は江戸時代と同じでした。
新政府は、ばく大な経費を必要とする開拓事業を分領支配
(北海道を11カ国86郡に分割)による開拓方法をとることになりました。
この制度は、簡単に言えば殿様が城を召し上げられ家臣の士分を
剥奪され、約2万石から50石まで落とされた士族に対する救済策で
もありました。
北海道の新天地で未開拓の土地を開いたら、その土地をあげますと
いう触れ込みです。
但し、この制度は明治4年に制定された廃藩置県で脆くも話が壊れ
てしまいます。
しかし、出願した士族の移住が始まります。
明治3年仙台藩士の移住は、
明治14年までの約10年間に、岩出山藩612人、亘理藩2,648人、
角田藩278人、白石藩851人、柴田藩123人
の合計4,512人もの人が移住しました。
今でも、この歴史が郷土資料館などに残っております。
町は石狩郡当別町、伊達市、室蘭市、登別市、札幌市白石区・手稲区、栗山町などです。
それぞれに壮絶なドラマがあります。
(写真は、当別に入植した仙台藩岩出山支藩を書いた小説「石狩川」の本庄睦男の文学碑)
2012/02/15 10:11:52
北海道は明治維新後144年となります。
未開地に入植し「村を作った」のは46都府県人です。
平成の大合併で179の市町村になりましたが、それまでは212の町がありました。
明治2年には約6万人に過ぎなかった北海道の人口は、
開拓使、3県1局時代を経て北海道庁が設置された明治19年には約30万人。
その後も増加を続け、明治34年には100万人を超え開道50年の大正7年に218万人となります。
また、明治19年には3万町歩(ヘクタール)にも満たなかった耕地面積も
大正7年には約80万町歩に達します。
未開拓の地に最初に鍬を入れた県人は誰だったのか?
大変興味のある課題でした。
2005年に公開された「北の零年」(吉永小百合主演)は、明治4年淡路島の
稲田家臣たちが日高の静内に移住(総勢1137戸546人)したことがベースになったものでした。
しかし、明治初期の時代考証を検証してみると辻褄の合わないことがわかります。
北海道の歴史については、まだまだ知られていないことが多いのでしょう。
最近は県人会という言葉も聞かなくなりましたが、全国を回ると県民性を感じることがあります。
北海道の小さな町に照らし合わせてみると、理解できることが多いものです。
2011/12/07 00:24:52
| 1912年(明治45年) | ||||||||
| 2月22日 | 未成年者の飲酒取締法制定 | |||||||
| 4月1日 | 三原山噴火 | |||||||
| 4月29日 | 北海道夕張炭坑爆発 276名死亡 | |||||||
| 5月22日 | 山陰鉄道線竣工全通する | |||||||
| 6月8日 | 日本鋼管設立 | |||||||
| 7月5日 | 東京にタクシー自動車会社創立 | |||||||
| 7月30日 | 明治天皇崩御(大正に改元) | |||||||
| 9月13日 | 明治天皇御大葬 | |||||||
| 9月13日 | 乃木希典夫妻、殉死する | |||||||
| 9月14日 | 明治天皇、京都の伏見桃山陵に葬られる | |||||||
| 9月26日 | 恩赦令、大赦令公布 | |||||||
| 当時の出版物 | ||||||||
| · 「悲しき玩具」(石川啄木) | ||||||||
| · 「新訳源氏物語」(与謝野晶子) | ||||||||
| · 「牧水歌話」(若山牧水) | ||||||||
| · 「浅草」(久保田万次郎) | ||||||||
| · 「土」(長塚節) | ||||||||
2011/12/06 00:23:45
| 1911年(明治44年) | |||||||||
| 1月12日 | レルヒ少佐、日本に初めてスキー術を伝授する | ||||||||
| 1月18日 | 大審院、幸徳秋水ら大逆事件被告24名に死刑判決を下す | ||||||||
| 2月21日 | 日米新通商航海条約、調印(関税自主権を確立) | ||||||||
| 3月1日 | 帝国劇場開場式 | ||||||||
| 4月1日 | 飽寒別(アッカンベツ)尋常小学校(現朱円小学校)所属朱円(シュマトカリ)教授場開設 | ||||||||
| 4月3日 | 東京の日本橋竣工開通式 | ||||||||
| 4月5日 | 最初の飛行場所沢の開場式(徳川、日野両大尉によって挙行) | ||||||||
| 4月7日 | 市制・町村制改正公布 | ||||||||
| 4月9日 | 吉原炎上(新吉原千住など約6500戸焼失) | ||||||||
| 5月10日 | 大阪府、日本初の消防自動車購入 | ||||||||
| 8月30日 | 第二次西園寺内閣成立 | ||||||||
| 11月15日 | 東京市職業紹介所開設 | ||||||||
| ※ | 強風のため北海道各地に山火事がおこり、10数日間燃え続ける | ||||||||
| 内閣総理大臣 桂太郎 (明治41年7月14日~明治44年8月30日) | |||||||||
| 西園寺公望 (明治44年8月30日~大正元年12月21日) | |||||||||
| 当時の出版物 | |||||||||
| · 「善の研究」(西田幾太郎) | |||||||||
| · 「おめでたき人」(武者小路実篤) | |||||||||
| · 「基督抹消論」(幸徳秋水) | |||||||||
| · 「此一戦」(水野広徳) | |||||||||
| · 「刺青」(谷崎潤一郎) | |||||||||
2011/12/05 00:22:31
| 1910年(明治43年) | ||||||||
| 1月23日 | 逗子開成中学ボート部員12人と小学生1人が七里ヶ浜沖で遭難 | |||||||
| 2月 | 栄小学校 沙溜澗(さるま)教育所所属上佐呂間教授所として開設 | |||||||
| 2月23日 | 最初の飛行場を所沢に選定 | |||||||
| 4月1日 | 斜里郡小清水町立北陽小学校 止別特別簡易教授所として単級で開所 | |||||||
| 4月15日 | 佐久間艇遭難事件(広島湾で、第六号潜水艇浮上せず、乗組員全員死亡) | |||||||
| 5月25日 | 宮下太吉、爆発物製造の嫌疑で逮捕される(大逆事件の検挙開始) | |||||||
| 6月22日 | 世界最初の旅客空輸、ドイツ・ツェッペリン飛行船(LZ7号)発航 | |||||||
| 10月1日 | 裁判所が開設 | |||||||
| 11月28日 | 白瀬中尉ら、南極探検に出発 | |||||||
| 12月10日 | 「大逆事件」第1回公判 | |||||||
| 12月19日 | 徳川大尉、複葉機で飛行成功(日本最初の飛行成功記録) | |||||||
| ※ | 根室港を開港し、水産物に限って輸入を認める | |||||||
| ※ | 小樽商科大学の前身官立高等商業学校として「小樽高等商業学校」設立。 | |||||||
| 内閣総理大臣 桂太郎 (明治41年7月14日~明治44年8月30日) | ||||||||
| 当時の主な出版物 | ||||||||
| · 「遠野物語」(柳田国男) | ||||||||
| <小樽高等商業学校> | ||||||||
| 現在、国立大学では唯一の社会科学系単科大学である。明治43年 | ||||||||
| に5番目の官立高等商業学校として設立された小樽高等商業学校 | ||||||||
| (1944年より小樽経済専門学校)を前身とする。旧制時代は北海道で | ||||||||
| 数少ない文科系の高等教育機関であったため、文芸志向の者も入学し | ||||||||
| 小林多喜二や伊藤整といった作家を輩出した。一般的に道内では樽商 | ||||||||
| (たるしょう)と略され呼ばれているが、小樽市内では商大と呼ばれ | ||||||||
| ている。 | ||||||||