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1909年(明治42年)        
3月1日 森永チョコレート発売             
4月1日 東京に発明博覧会開催            
4月17日 樽前山1909年噴火            
5月31日 相撲の常設館(国技館)が完成 東京・両国の国技館竣工開館(6月2日)    
6月23日 仕立屋銀次検挙             
8月 新冠牧馬場(新冠御料牧場)内に賓客の宿舎として龍雲閣を1909年(同42年)に
  建設された。 第1号の宿泊客となったのは、韓国皇太子の案内役として来場した元勲伊藤博文  
  だった。龍雲閣には、伊藤の絶筆とされる七言絶句の墨書が残る。      
9月22日 初めて外国より野球選手を招き、日米野球試合開かれる      
10月11日 三井家、組織を変更、三井合名会社が設立される(銀行・物産・鉱山を株式会社組織にする)   
10月26日 伊藤博文、ハルピン駅頭で暗殺される(犯人は韓国人独立運動家・安重根)     
11月21日 門司・鹿児島間、九州鉄道全通          
12月16日 東京山の手鉄道、電化開通する          
12月24日 北里柴三郎博士、医学士の功に依り、ノルウェー皇帝より勲章を授与される    
無線電信開始のため、根室国の落石岬に電信局をつくる      
     内閣総理大臣  桂太郎 (明治41年7月14日~明治44年8月30日)    
         当時の主な出版物          
  ·   「元禄快挙録」(福本日南)          
  ·   「金色夜叉」(小栗風葉)          
  ·   「邪宗門」(北原白秋)          
  ·   「東京方眼図・東京地名索引」(森鴎外)          
  ·   「後狩詞記」(柳田国男)          
  ·   「パンの略取」(幸徳秋水訳)          
  ·   「文芸百科全書」(島村抱月)          
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1908年(明治41年)  
1月13日 日本画の橋本雅邦、74歳で没。日本美術院の創設者       
4月28日 ブラジルへの第1回移民出発        
5月6日 新聞紙条例を廃し、新聞紙法公布         
5月30日 満鉄全線広軌鉄道開通する        
7月14日 第二次桂太郎内閣成立           
7月25日 「味の素」製法特許を登録           
10月22日 幌別鉱山で暴動           
12月25日 東京に女優養成所、第一回試演        
    内閣総理大臣 西園寺公望 (明治39年1月7日~明治41年7月14日)  
                             桂太郎 (明治41年7月14日~明治44年8月30日)  
        当時の主な出版物        
  ·   「欺かざるの記」(国木田独歩)        
  ·   「あめりか物語」(永井荷風)        
  ·   「宇宙」(三宅雪嶺)        
  ·   「海の声」(若山牧水)        
  ·   「仮名遣に関する意見」(森鴎外)        


1907年(明治40年)    
1月31日 乃木希典、学習院院長に就任      
2月19日 警視庁、自動車取締規則を制定      
3月2日 夕張炭坑でスト、炭坑争議が頻発      
3月31日 小学校令改正、義務教育6年生      
4月25日 長崎高等商業学校開校(現在の長崎大学)    
4月28日 幌内炭坑暴動 (坑夫2000名が賃上げを要求して暴動をおこす)  
5月3日 夏目漱石、入社の辞を「朝日新聞」に発表      
6月22日 仙台に東北帝国大学設立        
7月28日 日露通商条約及漁業協約調印      
8月25日 函館の大火(約1万2000戸焼失)      
8月29日 立教大学創立        
9月1日 田山花袋、小説『蒲団』発行(自然派小説これより流行)    
9月8日 北海道旭川・釧路間の鉄道開通      
9月12日 札幌農科大学開校式挙行(東北帝国大学の一分科として開校)  
10月25日 第一回文部省美術展覧会(文展)を上野公園で開催    
12月29日 警視庁令にて最初の自動車取締規則出る(速力が規定される)  
12月30日 鵡川尋常小学校井目戸分教場として認可    
    内閣総理大臣  西園寺公望 (明治39年1月7日~明治41年7月14日)


1906年(明治39年)  
1月7日 西園寺公望内閣成立        
1月29日 札幌・日本・大坂のビール三社が合併を発表    
3月31日 鉄道国有法公布        
4月11日 華族女学校を学習院に併合する      
6月1日 ロシアより北緯50度以南の樺太受領      
6月7日 南満州鉄道会社設立動令公布      
7月13日 南満州鉄道株式会社に参謀総長児玉源太郎を委員長とする設立委員会を設置
8月1日 日米間の海底電線による通信開始      
9月1日 煙草「ゴールデンバット」発売      
9月10日 南満州鉄道会社(満鉄)、株式募集開始      
11月26日 南満州鉄道株式会社設立(初代総裁は後藤新平)    
12月26日 『大日本史』編纂の大事業完成 水戸藩ではじめられた『大日本史』の編修が完成する
石川啄木が郷里渋民村に帰って小学校の代用教員になる(岩手)  
現室蘭市立武揚小学校の開設      
    内閣総理大臣 桂太郎 (明治34年6月2日~明治39年1月7日)  
              西園寺公望 (明治39年1月7日~明治41年7月14日)


1905年(明治38年)
 
   
1月1日 難攻不落の旅順陥落          
1月7日 旅順にて受領のロシア捕虜32,207名(各地にて旅順開城大祝勝会)  
1月13日 日本海軍、潜水艇を導入          
1月22日 「血の日曜日」事件、ペテルブルグで起こる(第一次ロシア革命)  
2月11日 森下南陽堂、仁丹を発売          
3月10日 奉天占領(陸軍記念日)          
4月22日 日露戦争の戦没者28,999柱を靖国神社に合祀する      
5月27日 日本海海戦に大勝(海軍記念日)        
5月28日 盛岡高等農林学校開校(現、岩手大学)      
6月1日 塩の専売制度実施される          
6月27日 ロシア艦隊ポチョムキン号で水兵の反乱おこる      
6月 東旭川第七簡易教育所創立        
7月31日 日露戦争、終結          
8月10日 日露講和第一回会議、ポーツマスで開催      
9月1日 神戸製鋼所設立          
9月3日 市民大会で日露講和条約破棄の決議        
9月5日 ポーツマスにて日露講和条約調印        
9月5日 日比谷で講和反対国民大会開かれ、交番などを焼き打ち、東京に戒厳令  
9月6日 日比谷焼打事件を鎮圧するため、東京市外に戒厳令布かる(11月29日解除)  
11月15日 石油共同販売所設立          
12月12日 潜水艇隊条令公布される          
12月21日 伊藤博文を初代韓国統監に任命        
12月21日 連合艦隊解散式(連合艦隊解散の辞)        
12月29日 乃木将軍の凱旋          
音更村立音更第一尋常小学校付属中音更特別簡易教授所として認可。  
    内閣総理大臣 桂太郎 (明治34年6月2日~明治39年1月7日)    
         当時の主な出版物        
  ·   「あこがれ」(石川啄木)        
  ·   「巌窟王」(黒岩涙香)        
  ·   「破戒」(島崎藤村)        
               


1904年(明治37年)
 
     
2月4日 対露宣戦御前会議(国交断絶の最終案を決定し、ロシア外相に通告)    
2月5日 連合艦隊に出撃命令             
2月10日 ロシアに宣戦布告(日露戦争開戦)、第1軍の編成決定      
2月11日 宮中に大本営設置            
2月24日 第一次旅順口閉塞作戦開始          
4月20日 征露第二軍、広島を出発            
5月8日 小樽の大火(2481戸焼失)          
5月31日 大本営、旅順攻撃のため、第3軍の編成を決定(司令官乃木希典大将)     
6月17日 百三十銀行臨時休業、銀行界の混乱起こる         
6月25日 芝浦製作所設立             
7月1日 煙草の官営実施(煙草専売法公布)           
7月20日 ウラジオ艦隊、津軽海峡を抜け太平洋岸で汽船など5隻を撃沈       
9月21日 日露両軍、二百三高地の激戦          
9月29日 徴兵令を改正(後備兵5年制を延長して10年となす)       
12月5日 二百三高地を占領(旅順港内のロシア艦隊に砲撃開始)      
·   日露戦争に際して、函館要塞地域を臨戦地境とし、戒厳令を施行  
·   小樽の漁業家がサガレン漁業期成同盟会をつくり、樺太占領を請願
北海道鉄道の函館・小樽間が全線開通する        
市立愛国小学校前身「幸震家庭教授所」として開設  
  内閣総理大臣 桂太郎 (明治34年6月2日~明治39年1月7日)    


<東海丸の遭難>  
明治36年10月29日、日本郵船株式会社の東海丸が、津軽海峡の定期連絡航行
中、烈しい吹雪と濃霧のため、ロシアの汽船プログレス号と衝突して、同船に大穴をあけ
られ、沈没前に乗組員一同を救助し、船長の久田佐助は船と共に運命を共にする悲壮
な事件が起りました。          
久田船長は船首から乗組員一同を指揮し、先づ船客を救出し、次いで船員の
安全なのを見届けると、船長一人は沈み行く東海丸から一歩も離れようとせず、43歳を
一期にその責任を全うして果てました。この事件は美談として尋常小学新読本巻十に掲
載され、彼の郷里の菅原神社境内には久田船長記念碑も建立されたのでした。  


 藤村 操<華厳滝の自殺>    
1886年7月 – 1903年5月22日
北海道出身の旧制一高の学生。華厳の滝で投身自殺した。自殺現場に残した
遺書「巌頭之感」によって当時のマスコミ・知識人に波紋を広げた。  
祖父の藤村政徳は盛岡藩士であった。父の胖(ゆたか、政徳の長子)は明治
維新後、北海道に渡り、事業家として成功する。操は、明治19年に北海道で  
胖の長男として生まれ、12歳の札幌中学入学直後まで北海道で過ごした。  
父の藤村胖は、屯田銀行頭取である。        
厭世観によるエリート学生の死は「立身出世」を美徳としてきた当時の
社会に大きな影響を与え、後を追う者が続出した。警戒中の警察官に保
護され未遂に終わった者が多かったものの、藤村の死後4年間で同所で
自殺を図った者は185名にのぼった(内既遂が40名)。
華厳の滝がいまだに自殺の名所として知られるのは、操の死ゆえである。


1903年(明治36年)    
1月24日 夏目金之助、イギリス留学より帰り東京着         
3月28日 日本初のビアガーデン隅田吾妻橋に開設         
4月1日 東京に山手線(池袋―田端間)が開通           
4月10日 小学校教科書国定となる            
5月22日 一高生・藤村操が『巌頭の感』を遺し、日光の華厳の滝に投身自殺     
6月15日 ヘンリー・フォード、自動車会社を設立        
8月22日 東京に初の市街電車走る             
8月25日 明治法律学校を明治大学と改称          
10月1日 浅草電気館開場(初の映画常設館)          
10月29日 東海丸の遭難            
11月21日 第一回早慶対抗野球試合開催(11対9で慶応の勝)         
12月17日 ライト兄弟、人類初の公開飛行           
12月28日 連合艦隊編制、司令長官は東郷平八郎        
北海道全域に衆議院議員選挙法が施行される    
小樽銀行が北海道商業銀行を吸収合併、北海道銀行と改名    
静内 二十間道路できる        
 内閣総理大臣 桂太郎 (明治34年6月2日~明治39年1月7日)    


      <宗谷岬の旧海軍望楼跡>    
日本の各地には、未だ旧日本軍の要塞や砲台跡、施設跡などがありま  
す。帝政ロシアとの国交が悪化し始めた旧帝国海軍が宗谷岬に旧海軍  
望楼跡を建設。当時最強といわれたロシアのバルチック艦隊が、宗谷海  
峡、津軽海峡、東シナ海のどこかを通過し、ウラジオストクに集結す  
るかを察知することは、戦略上極めて重大であったことから、同望楼  
の海上監視にも、任務の重要性が課せられました。      
多くの旅人が目指す、最北端の地、宗谷岬。その岬の高台に、海と行  
きかう旅人達を見守る灯台とこの遺構があります。半円柱の不思議な  
遺構、海軍望楼跡です。          


2008年8月7日。 日本の一番東にある根室から出発します!
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上家二三夫
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