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北海道鉄道の歴史 はじめに


北海道を回ると、現在の路線図には無い場所に線路や車両が残っています。

昔の地図を見ると、北海道のいたるところに鉄道が走っていたことが分ります。

 

屯田兵や旧陸軍の輸送、石炭や材木などの物流に欠かせなかった鉄道の歴史が浮かび上がってきます。

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銀鱗荘ginrinsou.jpg

 

住所 小樽市桜1-1-13

 

ニシン漁場の親方の豪華な生活ぶりを偲ばせる、壮麗な建物です。

 

建築されたのは1873(明治6)年で、1897(明治30)年に大改築さ

れました。これを建てた初代・猪俣安之丞は越後出身で、いっかいの

漁場手伝いから始め、余市で鰊漁場経営のほかに海産物商、廻船問屋、

金貸業などを営む富豪になった人物です。建物の設計施工には、越後

の宮大工が当たり、高価な建築資材を惜しげもなく用いるとともに、

随所に工夫が凝らされています。

1939(昭和14)年に余市町から小樽市に移築され、現在は高級旅館

として使用されています。

 

余市随一の大邸宅だったこの建物は、木造平屋一部2階建ての大規

模な中に、華麗さを見せる建物。
屋根中央には、シンボルとなっている望楼があり、両端に鯱が据え

られているが、これは移築後のもの。

他の市から、移築されて建っている建物としては、祝津の鰊御殿と

双璧をなす。




蒙御免小樽名建築番付
行司 勧進元 夢街

 


横綱 小樽倉庫(現・小樽市総合博物館運河館)
横綱 日本銀行支店(現・日本銀行旧小樽支店金融資料館)
大関 中央バス本社(旧・北海道銀行本店)
大関 三井銀行(現・石屋製菓所有)
関脇 罐友会館(現・小樽グランドホテルクラシック)
関脇 銀鱗荘(旧・猪俣安之丞邸)
関脇 公会堂
小結 板谷邸
 同 富岡カソリック
 同 海陽亭(旧・魁陽亭)
 同 商大方二〇番棟(?)
前頭 小樽市役所
 二 旧拓殖銀行(現・ホテル123小樽)
 三 旧百十三銀行(旧・千秋庵)
 四 フジヤ家具
 五 旧上勢商店(現・ホクリョウ)
 六 林屋製茶(旧・第百十三国立銀行小樽支店)
 七 北海道紙問屋(旧・第四十七銀行小樽支店)
 八 小樽駅
 九 旧山本邸(?)
 十 旧坂牛邸

 

西
横綱 旧手宮機関庫(現・小樽市総合博物館内)
横綱 博物館(現・旧日本郵船小樽支店)
大関 川又商店(旧・早川支店)
大関 大家倉庫
関脇 名取商店
関脇 にしん御殿
関脇 青山邸
小結 名取邸
 同 住ノ江カソリック(旧・佐々木邸)
 同 和光荘(旧・野口邸)
 同 川田商店
前頭 商工会議所
 二 北海製罐
 三 市立図書館(現存せず)
 四 旧三菱銀行(現・北海道中央バス第2ビル)
 五 清水鋼機(現存せず?)
 六 石ヶ守商店(旧・久米商店)
 七 旧富士銀行(現・花ごころ小樽店)
 八 旧三井物産(現・松田ビル)
 九 寿原邸
 十 島田歯科(現存せず?)

 

昭和五十五年一月一日




旧北海道拓殖銀行小樽支店  (現在ホテルヴィブラントオタル)15ca469f.jpeg

 

  所在地 小樽市色内1-3-1  見学自由

  竣工  1923(大正12)

  施工  伊藤組

  構造  鉄筋コンクリート造4階建て、地下1

この建物が竣工した時期は小樽経済の最盛期で、旧三菱銀行や旧第一銀行とともに

「北のウォール街」の一角を飾りました。

鉄筋コンクリート構造としては、北海道で初期の建物で、タイル張りで簡素にまと

められています。

設計は当時の大蔵省営繕課で、中でも矢橋賢吉は一連の北海道拓殖銀行の本店支店

を手がけています。

 

バブル期に「小樽ホテル」として再生利用されその後ペテルブルグ美術館~ホテル

123(ワン・ツー・スリー)と変わり現在は観光客向けのホテル・ヴィブラント・小樽として営
業中だが1階に開店したベルギーチョコレートの専門店『ショコラduノール』が人気になっている。

 

国会議事堂を手がけた矢橋賢吉の設計で、優雅な曲線を描く石造りの外観と古典的な
円柱が立つ2階吹き抜けのホールが見事。現在はホテルとして使われている。

 





日本銀行旧小樽支店金融資料館e35d88a4.jpeg

 

元は日本銀行の小樽支店として機能していた建物であり、2003年から日本銀行の
広報施設として再オープンした。建物は現在、小樽市指定文化財に指定されている。
入場料無料。
所在地は北海道小樽市色内1丁目1116号。

 

沿革

1900年前後、当時商業を中心として発展する小樽市に各銀行が集中し、市内で徐々に
完成していった銀行街は次第に「北のウォール街」と呼ばれるようになった。

その中で日本銀行も小樽市に参入、東京駅の設計者としても知られる辰野金吾や長野
宇平治らが建物の設計を担当し、1912年に竣工した。

建物は積み上げた煉瓦の上にモルタルを塗った造りの2階建てで、ルネサンス様式が取
り入れられている。
さらに、屋根には八幡製鉄所製の鉄骨が使用されており、小樽市内を眺めることのでき
る東側の塔にはイギリス製のらせん階段が取り付けられた。
総工費は当時の金額で40万円に上り、これは日本銀行本店と日本銀行大阪支店に次
いで3番目に高額な建設費だったという。

 

2002913日、日本銀行札幌支店に統合が決定し、小樽支店としての営業は廃止
となった。
その後、改築工事が行われ、2003514日に新しく金融資料館として開館。

館内に歴史をはじめとする金融資料を展示するなど、日本銀行の広報施設として機能
する建造物となった。開館以降、2006年時点で25万人を超える来場者を記録。

 

施設概要

資料館内館は日本銀行小樽支店として機能していた時代のデザインやつくりを残した
ものとなっており、岐阜県の赤坂産大理石が材料として使用されているロビーと営業場
カウンター、煉瓦製の壁から鉄骨を組むことで広い吹き抜けの空間を実現した営業場の
天井、
アイヌの守神であるシマフクロウをコンセプトにデザインされ、内壁だけで12
体を数える塑像などが特徴である。

資料館内は主に3つの展示スペースで区切られており、歴史展示ゾーン、業務展示ゾー
ン、マルチメディアコーナーに分けられる。
歴史展示ゾーンでは日本銀行の歴史をパネル展示するとともに、第2次世界大戦以降
の紙幣の実物などを展示しており、日本銀行旧小樽支店ほか「北のウォール街」当時に
おける数々の建造物のミニチュアを見学できるコーナーもある。

業務展示ゾーンでは日本銀行が行っている主要な業務を紹介。パネル展示による紙幣
の発行行程や金融のシステムを紹介している。
そのほか、実際に使用していた金庫を公開しており、「1億円を持ち上げてみよう」のコー
ナーでは1億円の重さを持ち上げて体感することが可能。
並ぶ数字をもとに世間に出回るお金と経済の動きを観察できる。

マルチメディアコーナーでは、さまざまな金融知識を学ぶことのできる大型ビジ
ョンを用いたビデオコーナー、日本銀行のホームページを閲覧できるインターネ
ットコーナーを設け、日本銀行に関する知識を試す「にちぎんクイズ」にも挑戦
することができる



小樽聖公堂5f0dc289.jpeg

 

所在地:小樽市東雲町10-5  電話&FAX 0134-23-3368
牧   師 司祭 ペテロ 大町信也(聖マーガレット教会)

 

沿革/特徴

1880年に宣教開始、1895年に小樽聖公会講義所となる。

木造ゴシック様式の現聖堂は、1908年に建築されたものであり

小樽市の歴史的建造物に指定されている。

礼拝堂の長椅子をはじめ多くの調度が当時の面影を留めている。

鐘楼の鐘は、1934年より(戦中の供出で鐘を失った時機を除き)

礼拝開始の時を、小樽の街に響かせている。

 

水天宮を挟んで外人坂の丁度、反対側にある小さくて可愛い建物が

小樽聖公会。




旧寿原邱83770416.jpeg

 

   所:小樽市東雲町81
庭面積 :約748m2
開放期間:毎年4月下旬〜10月初旬までの土曜、日曜、祝日のみ

入場料 :無料

 

概 要

小樽の雑穀商、高橋直治氏によって大正元年に建てられた邸宅。

当時は明治末期に発生した小樽大火の影響で住居と店舗を別け、

展望の良い場所に住居を構えることが流行したそうで、この邸

宅もその一つである。

後に高橋家から寿原家に名称が代わり、寿原家から小樽市に寄

贈されたため、現在の名称で呼ばれている。

冬季を除き一般公開されている。

 

寿原邱は土地の傾斜をうまく利用して、下に母屋、中段に洋室、

上段に和室の3つの建物が別にあって、それぞれの建物を階段

状の廊下が繋いでいた。

中庭からは、一面を蔦の緑に被われた洋館が印象深く姿を見せ

ている。

 

純日本風の庭園だが、こちらも傾斜地を利用して非常にうまく作

られている。

池には水が張られていないが、かつては鯉などがのんびりと泳い

でいたに違いない。庭からはもちろん小樽の市街地が一望できる。




旧岡崎家能舞台 482bb97d.jpeg
            所在地  小樽市花園5丁目21 

建築年  大正151926)年 

構  造  木造1階建

建築時の用途  能舞台

 

  概 要

荒物雑貨商として財をなした岡崎謙が、大正15年、入船町の自宅中庭

に建てたもので、後に市に寄贈され、昭和36年、公会堂隣接の現在地

に移されました。

檜の舞台をはじめ、要所には佐渡産神代杉(じんだいすぎ)が用いられ、

格式にのっとった能舞台で東北以北唯一のものといわれています。

鏡板の老松、唐獅子、若竹は狩野派17代秉信(もちのぶ)が描いたもの

です。

大正151月舞台開きを皮切りに、芸道研さんのため中央から再三家

元を招いて能楽を開催したといわれます




旧小樽区公会堂   939a67c5.jpeg
       

      所在地  小樽市花園5丁目21 

建築年   明治441911)年

構造    木造1階建

建築時の用途  宿泊所 

 

 概  要

明治44年、皇太子(後の大正天皇)の本道行啓に際してのご宿泊所として建てられた。

この時、小樽区へ寄付を申し出たのが、海運商として名を馳せた藤山要吉です。

工事を請け負ったのは小樽の棟梁加藤忠五郎(大虎)です。

建物は和風の建築様式で、御殿、本館、付属建物からなります。

行啓後公会堂として活用されますが、市民会館建設に伴い、昭和35年に現在地に
移築されました。

この時、御殿と本館の配置が変わり、地下部分が増設されています。

 

 

 

 

 




小樽 水天宮67292c7d.jpeg

 

小樽の水天宮は安政6年(1859)に建てられ、祭神は運河の街にふさわしい

水波能女神(ミズハノメノカミ)が祭られています。
現在の社殿は大正8年に宮大工伊久治三郎によって建てられた。

 

本殿、中殿、拝殿が連結する形式の権現造りで、屋根は銅板葺き。

本殿は流造りで、置千木、かつお木を上げています。

拝殿は入母屋造りで、正面屋根に大きい千鳥破風、向拝屋根上に小さい

千鳥破風2個を飾っています。

 

社殿塀内には明治26年に旧海軍水路部が設置した「経度天測標」と

明治38年ポーツマス条約により国境を定めた「樺太日露国境中間標石」

のレプリカがあります。

これは明治40年の旧樺太(現サハリン)の国境画定作業を記念し作ら

れたものを昭和6年に小樽公園から移設したもの。




2008年8月7日。 日本の一番東にある根室から出発します!
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HN:
上家二三夫
性別:
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