忠類村
1969年に日本で初めてナウマン象の化石が発掘され、
ナウマン象が村のシンボルとなっている。
2006年2月6日に隣接する幕別町に編入合併。
幕別町の一部となった。
忠類村は12万年も前に生息していたというナウマン象の化石発掘。
幕末の昔から今なお語り継がれる丸山の埋蔵金の仮説。
豊かな源泉から、こんこんと湧き出す美と健康の温泉。
小さな村の大きな大地には、ロマンと神秘が眠っている村。
忠類村
1969年(昭和44年)7月、忠類村晩成の農道工事現場で
偶然発見されたナウマン象に関する資料が展示されている
記念館(1988年8月開館)です。
館内の主展示室は、
「プロローグ」「発見」「調査」「発掘」「研究」「復元」の6つのテーマ
に沿って分けられ、効率よく展示されており、予備知識がなくても
わかるようになっています。
浦幌町(昆布刈石展望台)
浦幌町は、明治2年十勝国十勝郡に属し、
同年静岡藩の支配を経て、同4年開拓使の直轄となった。
明治36年、浦幌~釧路間の鉄道が開通し、浦幌駅も開業した
ことから役場を浦幌に移転。
同39年4月1日には二級町村に指定され
生剛村、愛牛村をもって生剛村となり、同45年には浦幌村と改称した。
農業は畜産が中心。
古くは馬産地(軍馬 釧路種)の一つであったが衰退し、第二次世界大戦後は
浦幌炭鉱の炭鉱と酪農地域へと変貌した。
炭鉱は尺別炭鉱に集約し閉山した。
十勝川の河口・十勝太から6kmほど走った昆布刈石の高台に展望地がある。
広大な太平洋を見渡す北海道でも第1級の展望地。
晴れた日には広尾・えりも方面から釧路までのワイドなパノラマを得ることができる。
昆布刈石は、コンブカルウシ、コンブカルウスなどと呼ばれ、アイヌ語の昆布場の意に由来する。
陸別町(銀河の森天文台)
陸別町は、環境庁(現:環境省)より昭和62年度に「星空の街」に選定され、
平成9年度には「星空にやさしい街10選」に認定されました。
この自然環境を活かし「りくべつ宇宙地球科学館(愛称:銀河の森天文台)」
があります。
天文台は一般公開型天文台としては日本最大級の115cm反射望遠鏡をはじ
め、30cmクラスの小型望遠鏡4基、4連太陽望遠鏡等を備える公開天文台
です。
1階展示室では、銀河の森、オーロラ、宇宙の美しいパネル展示、宇宙探検
コンピューターや70インチ大型モニターによる宇宙の体験学習ができます。
2階は大型望遠鏡ドーム、小型望遠鏡観測室、大勢の人が星空を楽しめる屋
上広場となっています。また、2階総合観測室には、名古屋大学太陽地球環
境研究所の「陸別観測所」と国立環境研究所の「陸別成層圏総合観測室」が
併設されており、主に成層圏・対流圏の大気やオーロラ等の研究を行ってい
ます。
陸別町(関寛斎)
酷寒の地、陸別にも、大いなる志をもって入植を
果たした開拓者がおりました。
関寛斎 (せきかんさい)
明治35年は関寛斎翁による陸別開拓の第一歩がしるされた記念の年。
33歳で阿波藩の御典医として徳島に招かれ戊辰戦争では医療活動を
行う日本最初の野戦病院で活躍。
戊辰戦争後は徳島に戻り海軍省や甲府の病院長を勤めたりするが、
明治6年にそれまでの地位を捨て町に診療所を開き地域医療の先駆者
として活躍していた。
72歳の時、かねてから計画していた北海道開拓を志し人跡未踏の地、
現在の陸別町斗満に四男又一と共にへ入殖し以後10年陸別の開拓に
人生を捧げる。
72歳で未開の地に旅立つことも、82歳にして服毒し自らの生涯を閉
じる事も想像の範囲を越えているが、壮絶な人生を駆け抜けた関寛
翁の生き様に感銘せずにはいられない。
町内5箇所に関寛斎ゆかりの地がある。