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松前さくらまつり

 

 

松前城は桜でも名所となっています。

1cb1d499.jpeg

 

北海道で一番早く咲くサクラの名所として有名です。

松前城周辺の松前公園では、約1万本、250種類のサクラが、
ほぼ1ヶ月間次々と花を咲かせます。
主な種類は、早咲きのソメイヨシノ、ナデン、中咲きのアマヤドリ、
イトククリ、遅咲きのカンザンなどです。
松前町にあるサクラの多くはヤエザクラで、全国的にも希少とさ
れています。

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松前藩屋敷

 

 

 

最北の城下町・松前。

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「松前の五月は江戸にもない」とうたわれ、幕末には八千戸、
三万人の人口があり、仙台以北最大の都市といわれた。

北前船が走る海の道を、産物や文化が行き来し、北の辺地に
豊かで華やかな町が生まれたのです。

 

松前藩屋敷に再現された江戸時代の町並みは、全部で十四棟。

 

珍しい海の関所「沖の口奉行所」、藩士の屋敷を再現した「武家屋敷」、
商人の活躍が目に浮かぶ「廻船問屋」「商家」、にしん漁に挑むヤン衆
の声が聞こえてきそうな「番屋」「漁家」など、見所はいろいろ。

 郷土の料理が味わえる「たべもの屋松前亭」のほか、木工品づくりや桜押し花づくり、甲冑の着付けなどの体験メニュー、以下煎餅の実演販売など楽しさいっぱいのテーマパークです。



コシャマインの蜂起

 『新羅之記録』によれば、康正二年(1456年)から
翌年にかけて、marutakedas.jpg道南地方に居住する和人と、先住のアイヌ
との間に大きな戦争が起きました。

 この戦いの発端は、箱館(函館)近くで、和人の鍛冶屋が
アイヌの人を刺殺したことがきっかけとなっています。

しかし、その背景を考えるとアイヌの人たちが居住する
平和な島に、侵入定着した和人が増加し、経済的優位
を誇って館を構え、武力を持ち横暴を強めることに対して、
アイヌの反発が蜂起の原因であると推測されます。

この当時道南地方には12の館(たて)がありましたが、
東部の大族長コシャマインを中心とするアイヌの人たちが
団結し、これらの館を攻撃しました。
各館は次々と落とされ、茂別館(上磯町茂辺地)と
花沢館(上ノ国町勝山)のみが残り、
和人たちは次々とこの二つの館に逃れました。

 このとき、花沢館にいた武田信広(松前家の祖)がわずかな兵を率いて進撃し、
上磯町七重浜付近でコシャマイン父子を倒しました。これによりアイヌは敗れ、
松前氏の蝦夷地での発展の基礎が築かれました。

写真の家紋は「蠣崎家・松前家家紋」 丸に武田菱



松前城(松前郡松前町)
 
北海道では唯一つの城下町。7f55e3d3.jpeg
渡島支庁管内に松前にある平山城で、福山城とも呼ばれている。
 
かつて、松前藩の城下町として政治・経済・文化の中心地として
栄えた街。
松前のシンボル松前城と全国屈指の桜の名所としても有名。
戊辰戦争の最末期に蝦夷が島(北海道)の独立を目指す旧幕府
の軍(元新撰組の土方歳三が率いていた)と攻防を繰り広げ、
落城させられたことでも有名。


道南(どうなん)
 
道南(どうなん)とは
北海道の地域区分で北海道の南部を意味します。
db627de9.gif
明確な定義づけはありませんが、渡島半島に所属する
渡島支庁と桧山支庁を指すことが多く渡島半島から襟裳岬に至る
太平洋岸にある胆振・日高支庁も、道南とされることがあります。

このブログの定義づけとしては、下記の四支庁を道南として
います。
 
旧渡島支庁(おしましちょう)  現渡島総合振興局
旧檜山支庁(ひやましちょう) 現檜山振興局
旧胆振支庁(いぶりしちょう)  現胆振総合振興局
旧日高支庁(ひだかしちょう) 現日高振興局
 
函館観光に来られる方は、レンタカーを借りて回ると思いもかけない旅ができます。
4月は、この道南の町を紹介します。


ばんえい競馬
 
ばんえい競馬の由来は、
北海道開拓期に余興や催事として行われた、1608697e.jpeg
木材を運び出していた馬の力比べに起源を持つ。
当初は2頭の馬に丸太を結びつけ、互いに引っ張りあっていたという。
1953年に競馬場の設置されていた
旭川市、岩見沢市、帯広市、北見市による市営競馬が発足。
 
1966年以降は道営競馬が平地競走、市営競馬が
ばんえい競走のみを開催する現在の開催形態となっていた。
しかし、売上の減少による累積赤字の増大から
旭川市・北見市・岩見沢市が2006年度限りでの撤退を表明。

残る帯広市も負担が大きすぎるとして単独での開催継続に難色を示したことから、
ばんえい競馬の廃止が濃厚と見られていた。
2006年12月にソフトバンク・プレイヤーズが帯広市の単独開催に対する
支援を申し出たことから、2007年度より帯広市が単独で開催を継続することが決定した。

体重1トンを超える馬が重りをのせた鉄ソリを引いて直線コースで力とスピードを競う、
世界でたったひとつのばんえい競馬。


坂本直行記念館

 

中札内美術村の中に坂本直行記念館があったのですが、9819f133.jpeg
2007年に美術村から車で10ほどのところに
「六花の森 坂本直行記念館」がオープンしました。

 

画家・坂本直行氏は、帯広の洋菓子の老舗「六花亭」の
包装に使われる絵で知られています。

開拓農民として酪農を営みながら、十勝の自然を愛し、
描き続けた坂本画伯の作品を展示。

道内の草花や山々などを描いた油彩・水彩画が展示されています。

 

坂本直行とは

1906年~1982年)釧路生まれ。
1936年広尾町下野塚に開拓者として入殖、開拓の傍ら日高の山々と植物を描き続ける。
1957年札幌大丸藤井で第一回個展(以後毎年開催’82年まで)。
1982年52日 膵臓癌で没(75歳)



中札内美術村

 

中札内に、美術館の枠を集めて作られた美術の里があります。

0efa147a.jpeg

柏の森に囲まれた緑豊かな空間に、美術館と、
レストランや売店が
立ち並ぶアートの森「中札内美術村」。
歴史を感じさせる古建築の美術館や点在する彫刻群が自然
の中に溶け込みゆったりと芸術を鑑賞する時間を提供してくれます。

 

 

企画展を行う北の大地美術館をはじめ、
 洋画家の相原求一朗美術館、

 日本画家の小泉淳作美術館、
 佐藤克教現代木版画館、
 彫刻家・板東優氏の夢想館の5館で構成されています。

各建物はそれぞれ遊歩道で結ばれているので、
周囲の自然を楽しみながらアートに触れられる。

地元の農産物を使った家庭料理のレストラン「ポロシリ」、
うどんや甘味メニューもある「花六花」、菓子やミュージアムグッズを
販売するショップ「柏林」などもあります



本別町(とうもろこし3万坪迷路)
 
本別町は、十勝の東北部にあり町の半分以上が山林でおおわれ
7594ee40.jpeg豊かな緑の中で、十勝特有の大陸性気候のため、気温は夏高く、
冬は低く積雪量が少ないのが特徴です。
義経伝説にまつわる名所も多く、園内の施設も「義経の館(休息
・展望・資料館施設)」、「義経の里御所(町営宿泊施設)」など義
経・弁慶にまつわる名が付けられており、建物も中世書院風造り
とこだわりを持って造られています。
 
しかし、本別町を一躍有名にしたのは「とうもろこし3万坪迷路」。
高さが2m以上にもなるデントコーン(飼料用のとうもろこし)
畑の中に作られた緑の巨大迷路。
昭和63年より毎年8月中旬、緑肥用デントコーン畑に、子供た
ちから公募した図案を参考に幅3m総延長約8kmの日本一大き
い迷路を作っておりました。
残念ながら2004年、第17回でこの大イベントが終了しました。



然別湖(しかりべつこ)211d2c94.jpeg
 
 然別湖(しかりべつこ)は、鹿追町北部の大雪山国立公園
の南にある唯一の自然湖。
2万年以上昔に周囲の山々が噴火した際に川がせき止められて
できたものと考えられております。
 
標高約800mと北海道で一番高いところに位置する自然湖であり
「冬の凍結が最も早く、解氷は最も遅い」といわれています。
周辺は未開発の森が湖の波打ち際まで広がります。
北海道の各地で観光化が進められている中、然別湖周辺は北方圏
独自の自然環境が残されている数少ない場所となっています。


2008年8月7日。 日本の一番東にある根室から出発します!
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HN:
上家二三夫
性別:
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