松前藩屋敷
最北の城下町・松前。
「松前の五月は江戸にもない」とうたわれ、幕末には八千戸、
三万人の人口があり、仙台以北最大の都市といわれた。
北前船が走る海の道を、産物や文化が行き来し、北の辺地に
豊かで華やかな町が生まれたのです。
松前藩屋敷に再現された江戸時代の町並みは、全部で十四棟。
珍しい海の関所「沖の口奉行所」、藩士の屋敷を再現した「武家屋敷」、
商人の活躍が目に浮かぶ「廻船問屋」「商家」、にしん漁に挑むヤン衆
の声が聞こえてきそうな「番屋」「漁家」など、見所はいろいろ。
郷土の料理が味わえる「たべもの屋松前亭」のほか、木工品づくりや桜押し花づくり、甲冑の着付けなどの体験メニュー、以下煎餅の実演販売など楽しさいっぱいのテーマパークです。
コシャマインの蜂起
『新羅之記録』によれば、康正二年(1456年)から
翌年にかけて、道南地方に居住する和人と、先住のアイヌ
との間に大きな戦争が起きました。
この戦いの発端は、箱館(函館)近くで、和人の鍛冶屋が
アイヌの人を刺殺したことがきっかけとなっています。
しかし、その背景を考えるとアイヌの人たちが居住する
平和な島に、侵入定着した和人が増加し、経済的優位
を誇って館を構え、武力を持ち横暴を強めることに対して、
アイヌの反発が蜂起の原因であると推測されます。
この当時道南地方には12の館(たて)がありましたが、
東部の大族長コシャマインを中心とするアイヌの人たちが
団結し、これらの館を攻撃しました。
各館は次々と落とされ、茂別館(上磯町茂辺地)と
花沢館(上ノ国町勝山)のみが残り、
和人たちは次々とこの二つの館に逃れました。
このとき、花沢館にいた武田信広(松前家の祖)がわずかな兵を率いて進撃し、
上磯町七重浜付近でコシャマイン父子を倒しました。これによりアイヌは敗れ、
松前氏の蝦夷地での発展の基礎が築かれました。
写真の家紋は「蠣崎家・松前家家紋」 丸に武田菱
旭川市、岩見沢市、帯広市、北見市による市営競馬が発足。
ばんえい競走のみを開催する現在の開催形態となっていた。
旭川市・北見市・岩見沢市が2006年度限りでの撤退を表明。
残る帯広市も負担が大きすぎるとして単独での開催継続に難色を示したことから、
ばんえい競馬の廃止が濃厚と見られていた。
2006年12月にソフトバンク・プレイヤーズが帯広市の単独開催に対する
支援を申し出たことから、2007年度より帯広市が単独で開催を継続することが決定した。
世界でたったひとつのばんえい競馬。
坂本直行記念館
中札内美術村の中に坂本直行記念館があったのですが、
2007年に美術村から車で10分ほどのところに
「六花の森 坂本直行記念館」がオープンしました。
画家・坂本直行氏は、帯広の洋菓子の老舗「六花亭」の
包装に使われる絵で知られています。
開拓農民として酪農を営みながら、十勝の自然を愛し、
描き続けた坂本画伯の作品を展示。
道内の草花や山々などを描いた油彩・水彩画が展示されています。
坂本直行とは
(1906年~1982年)釧路生まれ。
1936年広尾町下野塚に開拓者として入殖、開拓の傍ら日高の山々と植物を描き続ける。
1957年札幌大丸藤井で第一回個展(以後毎年開催’82年まで)。
1982年5月2日 膵臓癌で没(75歳)
中札内美術村
中札内に、美術館の枠を集めて作られた美術の里があります。
柏の森に囲まれた緑豊かな空間に、美術館と、
レストランや売店が立ち並ぶアートの森「中札内美術村」。
歴史を感じさせる古建築の美術館や点在する彫刻群が自然
の中に溶け込みゆったりと芸術を鑑賞する時間を提供してくれます。
企画展を行う北の大地美術館をはじめ、
洋画家の相原求一朗美術館、
日本画家の小泉淳作美術館、
佐藤克教現代木版画館、
彫刻家・板東優氏の夢想館の5館で構成されています。
各建物はそれぞれ遊歩道で結ばれているので、
周囲の自然を楽しみながらアートに触れられる。
地元の農産物を使った家庭料理のレストラン「ポロシリ」、
うどんや甘味メニューもある「花六花」、菓子やミュージアムグッズを
販売するショップ「柏林」などもあります。