札幌市 南区
南区(みなみく)は、札幌市の南西部一帯を占める行政区である。
区域面積は札幌市の6割に達するが、その多くは山林である。
区域の大半は支笏洞爺国立公園にも属する山岳地帯で、後志山地
の北東部にあたる。
札幌岳、余市岳など標高1,000 mを超える山が17座ある。
豊平川上流の定山渓は温泉地として知られ、年間200万人を超える
観光客を集める。
定山渓に近い豊羽鉱山は銀・亜鉛・インジウムなどを産するが、鉱量
不足のため2006年3月をもって操業を休止した。
札幌のシンボルの一つといえる藻岩山や市民の水がめである豊平峡ダム、
定山渓ダムがあるほか、恵まれた自然を生かした大規模な滝野すずらん丘陵公園や軟石採掘場跡を造成した石山緑地、札幌国際スキー場、ハイキングコースなど多くの憩いの場が整備されている。
農業では市内10区中3位の耕地面積を有し、果樹栽培も盛んで、観光果樹園は市民の人気を集めている。
年表
1866年 美濃の僧侶・美泉定山が温泉を発見。のちに定山渓温泉と名付けられる。
1871年 本願寺道路(現在の国道230号の前身)が開通。
1916年 豊羽鉱山開業。
1918年 白石から定山渓まで定山渓鉄道が開通(1969年廃止)。
1946年 アメリカ軍が真駒内種畜場を接収し、キャンプ・クロフォードを建設。
1955年 この年からキャンプクロフォードの返還が始まり、替わって陸上自衛隊の駐屯地が置かれる。
1972年 真駒内を主会場に札幌冬季オリンピックを開催。
札幌市が政令指定都市に移行したのに伴い、中央区・北区・東区・白石区・豊平区・西区とと
もに南区が設置される。
札幌市 中央区
中央区(ちゅうおうく)は、札幌市の中央部を占める行政区である。
北海道庁をはじめとする官庁や、企業の本社・支社が多く、市の
中核をなす。札幌開拓の歴史は、中央区の歴史でもあります。
明治2年に開拓使が設置され、島義勇判官が札幌本府の建設に着手。
その志を受け継いだ岩村通俊判官の手により、明治4年から本格的な
街づくりが始まりました。
まず、市街地は渡島通(現在の南1条通)と大友堀(現在の創成川)を
基点に、1町(約109メートル)四方に区切り、東西南北に走る11間
(20メートル)道路が設けられました。
また、街の中央には東西に幅およそ105メートルの火防線
(現在の大通公園)を設け、北側を官地、南側を民地としました。
歴史
1857年(安政4年) ・志村鉄一と吉田茂八が、豊平川の渡し守となる
1866年(慶応2年) ・大友亀太郎、大友堀(のちの創成川)を掘る
1869年(明治2年) ・開拓使設置、初代長官に鍋島直正・島判官、札幌本府建設に着手(現北1西1)
1871年(明治4年) ・開拓使仮本庁竣工(北4東1)
・判官岩村通俊官営"薄野遊郭"を建設(南4条通り)
1876年(明治9年) ・クラーク博士が来る
1878年(明治11年) ・札幌農学校演武場(時計台)落成
1882年(明治15年) ・開拓使廃止。函館、根室、札幌の3県設置
1885年(明治18年) ・狸小路に勧工場設置(南2西1)・屯田兵条例制定
1886年(明治19年) ・3県を廃止、札幌に北海道庁を設置
1887年(明治20年) ・札幌ビール会社設立。
札幌市北区
276,771人(2009年10月1日人口)
札幌に開拓使が置かれ、島義勇判官によって街の建設が始められ
たのは明治2年(1869年)のこと。
昭和2年(1927年)、この地域に市電鉄北線(北6条~北18条)が開通。
昭和33年(1958年)には日本最初の路面ディーゼルカーが登場、
昭和49年(1974年)、全面的に廃止になるまで北5条から新琴似駅前
まで多くの人を運びました。
旧琴似町である新琴似、新川、屯田の各地区は、屯田兵によって開拓
が始まりました。
明治20年(1887年)には、九州の士族を中心に屯田兵146戸が新琴似
に入植。
明治22年(1889年))には熊本ほか6県の士族220戸が新琴似の北隣
に入植、旧篠路兵村(現・屯田地区)となりました。
札幌広しといえども「屯田」が正式に地名に残るのは、ここ北区の屯田地区のみとなっています。
札幌で一番早く開拓が始まった篠路地区では、
明治11年(1878年)、札幌と石狩を結ぶ石狩新道が造られると北陸や九州、四国、中国地方など
から農民が次々と移住してきました。
この辺りは一大低湿地帯のため、年中行事のように河川のはんらんに遭ったり、凶作に見舞わ
れたりしました。
明治39年(1906年)には農民と士族の対立のため、
創成川を境にして農民中心の篠路村から屯田兵中心の篠路兵村を分離しました。
篠路地区ではこれより早い安政6年(1859年)ころ
には、福島県出身の早山清太郎により開拓が進められていました。
札幌市の中心部に接する鉄西地区には、
明治4年(1871年)、札幌最初の公園「偕楽園」が造られました。
誰もが自由に憩える'公園'としては、この「偕楽園」が日本で第1号とされています。
また、明治36年(1903年)には札幌農学校(現・北海道大学)が現在の時計台の辺りから
今の地に移転しました。
石狩国
その他の国
胆振国
1869年8月蝦夷(えぞ)地を北海道と改めた際建置された。
渡島半島の付け根から北海道中央部にかけての地。
山越(やまこし)・虻田(あぶた)・室蘭(むろらん)・幌別(ほろべつ)・白老(しらおい)・勇払(ゆうふつ)・千歳(ちとせ)の8ヵ郡を含む。
渡島国
1869年8月蝦夷(えぞ)地を北海道と改めた際に建置された。
北海道最南端,渡島半島南部に位置し,亀田(かめだ)・茅部(かやべ)・上磯(かみいそ)・福島・津軽・檜山(ひやま)・爾志(にし)の7郡を含んだ。
釧路国
1869年蝦夷(えぞ)地を北海道と改めた際建置された。
北海道東部に位置し,中央部には釧路湿原が広がる厚岸(あっけし)・釧路(くしろ)・白糠(しらぬか)・阿寒(あかん)・足寄(あしょろ)・川上(あわかみ)・網走(あばしり)の7郡を含む。
北見国
1869年蝦夷(えぞ)地を北海道と改めた際に建置された。
北海道東北部に位置し,斜里(しゃり)・網走(あばしり)・常呂(ところ)・紋別(もんべつ)・枝幸(えさし)・宗谷(そうや)・礼文(れぶん)・利尻(りしり)の8郡を含む。
後志国
1869年蝦夷地を北海道と改めた際建置された。
北海道西部,奥尻(おくしり)・太櫓(ふとろ)・瀬棚(せたな)・島牧(しままき)・積丹(しゃこたん)・小樽(おたる)など17郡を含み,江戸時代から鰊漁で栄えた地域。
札幌市 年表4 大正~昭和
1918年(大正7年)
札幌電気軌道(現在の札幌市電)が開通する。
第五番目の帝国大学として北海道帝国大学が設置される。東北帝国大学農科大学が
北海道帝国大学に移管され、北海道帝国大学農科大学となる。
定山渓鉄道が開通する(~1969年)。
1922年(大正11年)
市制施行。札幌市となる。
軽石軌道が開通する(~1940年)。
1930年(昭和5年)
札幌市営バスの運行開始(~2004年(平成16年)3月)
1937年(昭和12年)
第五回冬季オリンピック(1940年)の開催が決定したが、国際情勢の悪化により、翌年返上。
1941年(昭和16年)
円山町と合併。現在の中央区の一部(西20丁目以西、旭ヶ丘など)、南区の一部(川沿、南沢、
藻岩下など)となる。
1942年(昭和17年)
札幌飛行場(丘珠空港)設置。
1947年(昭和22年)
地方自治法施行による市長公選。
五代目市長(公選初代)高田富與就任(昭和22年4月~昭和34年4月)
1950年(昭和25年)
白石村と合併。現在の白石区の一部(既に札幌市であった菊水を除く)、厚別区の全体となる。
第1回さっぽろ雪まつり開催。
1955年(昭和30年)
琴似町、札幌村、篠路村と合併。
現在の中央区(宮の森、盤渓は旧琴似町)、北区(新琴似、新川、屯田、北25条?以北は旧琴似町、
篠路は旧篠路村)、東区(大部分は旧札幌村)、西区(旧手稲町の平和、西町、宮の沢を除き旧琴似町)、
手稲区(新発寒は旧琴似町)の各一部となる。
1957年(昭和32年)
大通にテレビ塔ができる。
1961年(昭和36年)
豊平町と合併。現在の豊平区の一部(既に札幌市であった豊平、旭町、水車町を除く)、
清田区と南区の大部分となる。
1967年(昭和42年)
手稲町と合併。現在の西区(平和、西町、宮の沢)、手稲区(旧琴似町であった新発寒を除く)
の各一部となる。
1968年(昭和43年)
北海道100年記念式典・札幌市創建100年記念式典が行われる。
1971年(昭和46年)
七代目市長(公選三代目)板垣武四就任(昭和46年4月~平成3年5月)
札幌市営地下鉄南北線(北24条駅~真駒内駅)が開業。
札幌市 年表3 明治時代
1873年(明治6年)
現在の白石区菊水・菊水上町・菊水元町地区に既に白石村に入植していた
仙台藩士の一部が移動して再入植。上白石村となる。
現在の東区苗穂町に、既に対雁村(現江別市)に入植していた仙台藩涌谷領の
農民の一部が移動して再入植。雁来村となる。
1875年(明治8年)
現在の西区琴似地区に屯田兵が入植。琴似(ことに)村となる。
開拓使仮学校が東京より移転する。
1876年(明治9年)
現在の中央区曙・山鼻・幌西地区の全体および豊水・西創成・西地区の一部(他は札幌区)
に屯田兵が入植。山鼻(やまはな)村となる。
開拓使仮学校を札幌農学校と改める。
1880年(明治13年)
札幌全域を札幌区と改称する。
札幌~小樽手宮間に鉄道開通。
要人接待用の施設として、大通に豊平館が建設される(現在は中島公園に移転)。
1882年(明治15年)
開拓使廃止。函館・札幌・根室の3県に分ける。
1884年(明治17年)
札幌区を札幌郡に変更し、札幌市街地のみを分割して札幌区とし、札幌区役所を設置した。
1886年(明治19年)
札幌・函館・根室の3県を廃止し、北海道庁を設置。
1888年(明治21年)
北海道庁赤れんが庁舎ができる。
1889年(明治22年)
札幌で最後の屯田兵入植(篠路兵村:現在の北区屯田)。
1899年(明治32年)
区制施行。札幌区となる。区とは市よりも小さく町よりも大きな自治体である。
札幌区以外に道内には他に函館区と小樽区があった。
初代区長 対馬嘉三郎就任(明治32年12月~明治35年5月)
1907年(明治40年)
東北帝国大学設置(宮城県仙台市)。
札幌農学校が札幌所在のまま東北帝国大学農科大学となる。
1910年(明治43年)
札幌区周辺の札幌村(現在の東区の一部)と苗穂村(現在の中央区と東区の一部)と
上白石村(現在の白石区の一部)の各一部、豊平村(現在の豊平区の一部)の豊平・旭町・水車町、
山鼻村(現在の中央区の一部)の屯田兵村地区を編入。
この時の札幌区の区域は現在の中央区、北区、東区、白石区、豊平区の各一部である。
通行屋とは
北海道開拓のために
開拓史<北方開拓のために1869年(明治2年)~1882年(明治15年)>
が主要道路の要所に設置した施設のこと。
早馬の乗り継ぎ場所として、また旅行者や北海道開拓者の宿泊所として利用され、
交通事情が悪かった開拓時代にあっては大切な施設だった。
当時、類似施設として「駅逓所」があった。
通行屋とほぼ同様の機能を持っていたが、駅逓所は郵便の仕事も行なっていた。
どちらも北海道の開拓に大きな役割を担った。
札幌に現在残っているのは、簾舞(みすまい)通行屋で、1872年(明治5年)に建てられた。
その他に、三樽別、厚別、定山渓などがあった。
明治20年以前の札幌近郊の駅邸は、松島、札幌、篠路、対雁があった。
札幌市
年表 1 <明治時代>
1868年(明治元年)
1869年(明治2年)
開拓使設置。同年、北海道11国86郡が置かれ、現在の札幌市に相当する地域は
石狩国札幌郡に含まれた。
現在の中央区本府・中央・東・東北・大通・桑園地区の全体と豊水・西創成・西地区の一部
(他は山鼻村)と北区鉄西・幌北地区と東区鉄東地区に札幌本府の建設を始める。
また、この年札幌神社(後の北海道神宮)が創建された。
1870年(明治3年)
現在の中央区苗穂地区および東区苗穂地区に山形県人が入植。苗穂(なえぼ)村となる。
現在の東区丘珠地区に山形県人が入植。丘珠(おかだま)村となる。
1870年(明治3年)~1871年
本願寺道路(後の国道230号)が建設される。このとき、現在の札幌市南区簾舞に宿場
として簾舞通行屋がおかれた。
1871年(明治4年)
現在の白石区中央・本通地区に宮城県白石市から仙台藩の重臣・片倉家の家臣団が入植。
白石(しろいし)村となる。
現在の豊平区月寒、福住地区に岩手県人が入植。月寒(つきさっぷ)村となる。
現在の豊平区平岸地区に水沢藩士と農民(現地札幌で募集した農民も含む)が入植。
平岸(ひらぎし)村となる。
1872年(明治5年)
現在の豊平区豊平・美園地区に和人が入植。豊平(とよひら)村となる。
1872年(明治5年)~1873年