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                                       松前駅                                                                                        

 写真の碑は、北海道最南端にある松前町の
「松前駅」跡に建てられている。
                                                 

 松前駅は、江差線の木古内から分岐し松前に至る
延長50.8キロの地方線だった。                                                  松前線(当初は福山線)は大正12年に予定線として編入
されていたが、昭和大恐慌、満州事変、日中戦争、太平洋戦争
と拡大される中で延期された。

 住民の敷設運動から43年、編入されてから30年の歳月を持って
昭和28年11月に開業された。
これほどの長期にわたり延期された鉄道は全国的にも珍しい。
しかし、過疎化にともない昭和62年3月に廃止となる
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  厚田村(あつたむら) 7   
 
 北海道はかつて相撲王国でもあった。
元横綱の記念館が町興しとともに建てられている。
有珠の麓に北の湖、道南の福島町には千代の山(道産子横綱第一号)と千代の富士、
弟子屈には大鵬記念館がある。

厚田村の郷土資料館には第43代横綱吉葉山の偉業が展示されている。                                                  吉葉山は大正9年生まれで本名は池田潤之輔。
厚田村安瀬(やそすけ)の裕福なニシン漁の網元の三男に生まれた。
戦後の暗い時代、厚田の人々はもとより道民に希望と勇気を与えてくれた郷土のヒーローだった。

 

 (写真は、浜益の名勝地千本ナラ)


   

 厚田村(あつたむら) 6  

 松山善三の本「厚田村」は、ヒロインの父親に徴収令状が
届き札幌月寒の25聯隊に行くところくらいから始まる(日露戦争)。

上巻は厚田村の網元佐藤松太郎が主役として登場。
当時の鰊漁とヤンシュウ・番屋の生活が生き生きと描かれている。
佐藤松太郎は北海道網元の横綱だった。
豪商であったが面倒見が良く、他地域の子供にも育英資金を出していたほどだった。
(明治39年生まれの長万部国縫生まれの小説家和田芳恵もその一人)
  

(写真は厚田の隣村、浜益にあった番屋で現在郷土資料館となっている)


  
北海道人 20
 「北海道人」とは、幕末の探検家松浦武四郎の雅号である。   

北海道で松浦武四郎の碑が建立されている所。建立年月日・碑別・所在地・碑文  

●大正8.5.3  河東郡音更町下音更鈴蘭公園 歌碑
   「此のあたり馬の車のみつぎもの 御蔵を建ててつまま欲しけれ」 

●昭和15年 阿寒郡阿寒町阿寒湖畔ポッケ林道入口 漢詩の歌碑
   「水面風収夕照間 小舟欅棹沿崖還 忽落銀峯千仭影 是吾昨日所攀山」                                                  

●昭和32.11.3 勇払郡厚真町豊里 歌碑
   「えみしらもしらぬ深山に分け入れば ふみまよふべき道だにもなし」                                                     

●昭和39.11.3 虻田郡京極町青年の家構内  歌碑
   「天津風胡沙吹き払へしりべしの 千代ふる風に照る日影見む」                                                    

●昭和45.9   目梨郡羅臼町ひかりごけ洞窟前  歌碑
  「仮寝する窟におふる石こすげふきし菖蒲とみてこそはねめ」                                                  

● 中川郡美深町紋穂内 森林公園びふかアイランド内 歌碑及び踏査之地碑
  「ゑみしらは筍にもる飯も古のさまをつたへて葉椀にぞもる」
  「かきならす五つの緒ごと音さえて千々の思いをわれもひきけり」   
                                                

● 留萌郡小平町鬼鹿広富48 にしん文化歴史公園 歌碑
  「名にも似ずすがたやさしき女郎花なまめき立てるおにしかの里」                                                  

● 天塩郡天塩町更岸 天塩川河口鏡沼海浜公園 歌碑
  「蝦夷人のみそぎなしたる天塩川今宵ぞ夏のとまりをばしる」 
  「ながむれば渚ましろに成にけりてしほの浜の雪の夕暮れ」   

    (写真は留萌郡小平町鬼鹿広富48 にしん文化歴史公園)


 

 厚田村(あつたむら) 5  

 厚田資料館に展示されている4名の偉人とは、
第43代横綱・吉葉山(現在の横綱白鵬の部屋)、
座頭市や幕末維新の歴史小説などを著した文豪・子母沢寛(しもざわかん)、
創価学会第2代会長・戸田城聖、
そして松山善三の小説「厚田村」に登場する大実業家・佐藤松太郎である。   

   (写真は、山並みのわずかなところに厚田村が見える)

  

 厚田村(あつたむら) 4  

 厚田は、明治時代から昭和初期まで鰊漁で栄えた。
出稼ぎの漁師でにぎわった明治14(1881)年の人口は1万2000人を
超えると記録がある。

 当時の様子を伝えるための資料室が厚田にある。
平成21年2月から地域ボランティアと市が協働で
「あつた資料室リニューアル構想策定協議会」を立ち上げ、見直し作業
を行ったという。

 その結果、厚田が輩出した
4人の偉人 佐藤松太郎・子母澤寛・戸田城聖・吉葉山潤之輔
が展示されている。
小さな村で驚くほどの人たちが存在していた。  
 

   (写真は、厚田資料館の入口にある厚田観光案内所「あいロード夕日の丘」)

  
  厚田村(あつたむら) 3    

 明治時代に入ると、本州から続々と集団移民が始まり、
厚田にも多くの人々が入植した。
明治4(1872)年以降、山形県14戸をはじめとし山口県127戸、石川県42戸、
兵庫県30戸のほか、南部団体(岩手、青森県)、新潟県などから入り、
望来(もうらい)、聚富(しゅっぷ)(しっぷ)、発足(はったり)、正利冠(まさりかっぷ)
などで開墾が進んだ。   
                   

 そのような中に、彰義隊に参加し箱館戦争に敗れ捕虜となり釈放された
梅谷十次郎(通称斉藤鉄太郎又は鉄五郎)がいた。
彼は子母澤 寛(本名・梅谷 松太郎)の祖父である。
網元となり、旅館と料理屋を兼ねた「角鉄」も経営し村の顔役となり、
御家人くずれのやくざ風な人だったらしい。    



(写真は、今の厚田漁港の朝市)


  
 厚田村(あつたむら) 2  

 札幌から車で日本海に出て国道231号を北上すること
約1時間で厚田村がある。
更に北上すると浜益、増毛、留萌である。
厚田村とは厚田郡に所属していた村のことで、7年前(2005年)
浜益村と共に石狩市へ編入され厚田区となった


 現在の人口は約2,500人。                                               この「あつた」の地名は古く江戸時代初期(1661年)
松前藩「新御国絵図」にすでに記載されている。
日本海は江戸時代から松前、江差をはじめとする漁場
として開かれており、松前藩によって「アツタ場所」が開かれていた。      
                                            

 「場所」とは、松前藩がアイヌと交易する区域を「場所」とよび、
江戸の初期には家臣に給与の代わりに場所権利を与えていた。
 更に後期には、この「場所」を一定の運上金(税金)と引き換えに
場所請負人とよばれる商人にまかせるようになった。
  アイヌとの交易とは、干鮭、熊や鹿の毛皮など。  
        
(写真は厚田村を上から見たところ、山々がよくわかる)


   

    定山渓鉄道                              

  昭和44年当時の定山渓鉄道図。

 写真は旧簾舞通行屋(旧黒岩家住宅)より。


 
 厚田村(あつたむら) 1    

  タイトルが「厚田村」という本がある。
著者は映画監督・脚本家の松山善三で潮出版社より1994年に
単行本で出版されている。
 題字・梅原龍三郎/装幀・高峰秀子と豪華な上・下巻。
                                    
 一人の女性を通して、明治の終わり(日露戦争)から、
終戦後(昭和20年)までの波乱の半生を描いた小説だが、
面白いのは厚田村の地名や実在の人物が登場してくる。
又、時代考証が行き届いているので、どこまでがフィクション
なのかが分からない。

更に、情景や描写が実に巧みで活気に溢れている。
地域名が土地勘に当てはまり、実在の人物(らしき人)を含め
て物語を構成しているので、明治・大正・昭和の北海道が実
に良くわかる。
少し、この厚田村について書いてみたいと思う。

(写真は今の厚田区のマップ)


2008年8月7日。 日本の一番東にある根室から出発します!
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