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十勝国(とかちのくに) 47
 道央と道東を結ぶ鉄路
  十勝国の入植は明治30年を過ぎると一挙に慌ただしくなってきた。
旭川から帯広間の十勝線工事は明治30年に旭川から始まり34年に
落合(南富良野)まで開通した。
これによって、十勝国に海からの大津経由で入植していた開拓者たちは、
時化(しけ) で上陸できないことがある大津を避けて落合まで汽車に乗り、
ここから石狩道路を歩いて十勝に入るようになった


 石狩国と十勝国の峠を貫く狩勝トンネル工事は明治34年に開始され、
固い岩盤と湧水によって悩まされたが、明治38年には完成。
明治40年9月に帯広まで開通し、芽室駅、十勝清水駅、新得駅が開業した。
 同時に進めていた、帯広―釧路間の釧路線は明治36年に浦幌駅・厚内駅。
更に37年池田駅、38年帯広駅が開業。
明治40年には十勝線と釧路線がつながり、旭川―釧路間が釧路線と改称された。

 
 晩成社が十勝国に入植してから24年の歳月が経ち、ようやく石狩国(札幌)とつながった。
これによって、道央と東道が鉄路で結ばれ、旅客や物資の輸送力が大幅にアップし、
十勝経済発展の原動力となった。


(写真は、南富良野道の駅前)
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2008年8月7日。 日本の一番東にある根室から出発します!
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