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赤心社 4
 
 明治17年5月第3次移民が入植、それ以降も赤心社は幾回ともなく危機がおとずれた。
は社員や小作人の指導と心田、つまり信仰による一致協力を求めた。
私立赤心小学校を教会兼用として建て、日曜日は安息日としてキリスト教講話や
道徳などの寺小屋式教育を始めた。
こうした精神的団結が開拓の困難さに打ち勝つ重要な要素となったといえる。
成果も次第に上がった。耕地もふえ商店や醤油の醸造部も設けた。
 明治19年株主総会で澤は『冷害には混同農業以外にない』と混同農業を実施する
演説を行ない、株主たちに多くの感銘を与えている。
日高駒の育成もここから始まる。
牧場を作り道産雌馬十数頭と南部産種雄馬
を入れ、のち道庁からアルゼリー、
トロッター両種馬
の管理をまかされ、社員を真駒内種蓄場にやって技術を習得させている。
澤は農民も指導し、これが全国的に知られる名馬日高駒の発祥になった。
同年6月伝道師田中助の按手礼式並びに元浦河公会の設立式が行なわれ開拓事業
における精神的基盤を築いた。
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2008年8月7日。 日本の一番東にある根室から出発します!
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