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北海道の歴史を刻んだ人々mizp097-1.jpg

 

蠣崎波響(かきざき はきょう)1

宝暦14526日(1764625日) - 文政9622日(1826726日)

日本の画家、松前藩の家老。松前藩第12世藩主松前資廣の5男。
13世藩主道廣は異母兄。
母は松前藩家臣長倉長左衛門貞義の娘・勘子。

別号に梅香舎、梅痩舎、柳民舎、滄岡軒などがある。

 

生まれた翌年に父が亡くなり、兄が跡を継いだため、家禄五百石の家老蠣崎家の跡継養子になる。幼い頃から画を好み、8歳の頃馬場で馬術の練習を見て、馬の駆ける様を描いて人々を驚かせたと伝えられる。

叔父の松前広長は波響の才能を惜しんで、安永2年(1773年)に江戸に上がらせ、南蘋派の画家・建部凌岱に学ばせた。間が悪く翌3年に凌岱が亡くなると、師の遺言に従い宋紫石に師事。

天明20年(1783年)20歳の時松前に戻り、この年の冬から大原の呑響が約一年松前に滞在し、以後親交を結ぶ。波響と号したのはこのころからである。

 


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2008年8月7日。 日本の一番東にある根室から出発します!
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