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アイヌ民族の蜂起 18

 和人地

  アイヌ民族と和人との戦いで、蝦夷地には民族間の大きな溝ができた。
それまでは、お互いに共存共栄の意識があったが敵対視した関係となり
和人地という垣根が出来てしまった。
この和人地の地盤をめぐる争いとなっていくのである。
和人の総大将となった蛎崎(武田)信広は、西の上ノ国から東の志海苔(箱館)
までの豪族を支配することとなった。

 しかし、和人とはいっても渡島半島の南端部程度で、アイヌの地盤と人口は
比較にもならなかった。
自由に交易をしたいアイヌと交易を独占したい蛎崎一族(後の松前氏)との間には、
延々と代を継続して戦いが続いていくのである。
二代目蛎崎光広の時には、和人の掌握のために上ノ国から大館(福島後の松前)
に移り、西の上ノ国まで56キロ、東の箱館まで100キロと両方の豪族に睨みを
聞かせた(1514年) 。
この光広の時代に、又々アイヌ兄弟を和解と称して祝宴で酒を飲ませて殺害している。
この手口も延々と和人に継承されていくのである。
更に三代目義広の代では、東西の蝦夷蜂起となり義広がこれを討っている(1528年)。
  そうして、四代目季広の時に和人とアイヌの交易に一つの決まりを設けた。
 
(写真は、四代目蛎崎季広時代の和人地の範囲)
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2008年8月7日。 日本の一番東にある根室から出発します!
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