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アイヌ民族の蜂起 24

  1669年の蝦夷地勢力
  アイヌ文化の形成は14-15世紀以降ころからは、北方民族よりは南方の和人
との接触が強かった。
世界地図を見ても少数民族は、どちらに傾いてもおかしくない歴史がある。
北海道という大地が北方民族に傾いていたら日本の国土は下北半島が最北の地
であったであろう。
シャクシャイン蜂起が起きたのは1669年であるが、この時代のアイヌ支配圏は大
きくは5つのグループに分けられていた。江戸幕府は四代将軍家綱のころである。


 シャクシャインのグループはメナシクルといって静内から道東厚岸を含む大勢力
であった。
このメナシクルと静内川の漁猟圏で対立するシュムクルグループは、オニビシを総首長
として新冠以北日高地方・夕張から南の石狩低地帯。
内浦アイヌグループはアイコウインを中心とし内浦湾、国縫から尻岸内の間の勢力。
石狩アイヌはハウカセ総首長として石狩川流域を中心に増毛の勢力。
余市アイヌは総首長八郎右衛門で天塩、宗谷、利尻山の勢力。

松前藩の和人地のエリアは、日本海は熊石、津軽海峡は箱館の東石崎までであった。
蝦夷地は圧倒的にアイヌ民族の勢力で、松前藩の影響が強かったのはエリアが近かっ
た内浦アイヌとシュムクルグループ程度であった

 
(写真は、アイヌの衣装)
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2008年8月7日。 日本の一番東にある根室から出発します!
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