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網走支庁

329,446人(2004年7月31日)

 

網走支庁(あばしりしちょう)は、北海道の支庁のひとつ。
支庁所在地は、網走市。map350_abashiri.gif

オホーツク(網走支庁管内)は、北海道の北東部に位置し、
2つの国立公園と国定公園、
2つの道立自然公園を有する、
森と湖と海が調和した自然豊かな地域です。
2005年7月のユネスコ世界自然遺産委員会において、
「知床」が人類共有の遺産として
評価され「世界自然遺産」に
登録されました。

地域の総面積は、約1万1千平方キロメートルと新潟県に匹敵する
広さを有し、約33万人が暮らしています。

気候は冬期間の寒さは厳しいものの、比較的穏やかで、
年間平均降水量は800ミリ前後と少なく、日照時間にも恵まれています。
 また1月下旬から3月にかけて、オホーツク海特有の流氷により海面が覆わ
れるという、他の地域には見られない特色を持っているほか、原始的な自然そのまま残されている知床国立公園をはじめ、網走国定公園など、豊かな自然景観に恵まれています。

 

管内は、3市・15町・1村でなりたっています。

北見市.網走市.紋別市.大空町.美幌町.津別町.斜里町.清里町.小清水町.訓子府町.置戸町.佐呂間町.遠軽町.上湧別町.湧別町.滝上町.興部町.西興部村.雄武町

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東神楽町

9,433人(人口、2009年3月31日)

町名はアイヌ語で「神々の遊ぶところ」の意訳の東側にあったことからに由来する。

003d555e.jpeg

 

   東神楽町(ひがしかぐらちょう)は、上川支庁管内、上川郡にある町で、
   旭川空港の所在地。
   旭川
市のベッドタウンとして大きく発展。道内屈指の人口増加率を誇る。

                                          昔から、町民が花を町内に植える運動をしてきたため、「花の町」として
                                          も知られている。

 

旭川空港が東神楽に建設されるきっかけとなったのは、昭和36年1月。

立地条件・気象条件などが好ましいことから、柏木ヶ丘付近を旭川空港建設の予定地としたいという申し入れが旭川市から東神楽村にありました。村ではさっそく村議会にかけ満場一致で誘致促進を決定。

昭和37年に着工した旭川空港建設工事は村と旭川市の関係者の尽力で昭和39年春から本格的な工事が開始されていきました。

昭和41年1月1日をもって町制が施行され、ここに晴れて『東神楽町』が誕生しました。
奇しくもこの年の春には道北の空の玄関として待望久しい旭川空港が誕生することとなりました。


下川町

3,788人(人口、2009年3月31日)795b1357.jpeg

アイヌ語の「パンケヌカナン」(下の沢)が由来。

下川町(しもかわちょう)は、上川支庁管内、上川郡にある町。

1900年(明治33年)岐阜県郡上郡高鷲村(現郡上市)から25戸の
開拓団が集団移住した。

 

かつては鉱山(三菱系銅山、三井系金山)で栄え、ピーク時の1960年
には人口15,555人に達したが閉山とともに人口は減少している。

 

                                           350px-Shimokawa.jpg スキージャンプが有名で郊外には ミディアムヒル(K点65m)、
    スモールヒル(K点40m、26m)、ミニヒル(K点8m)
    と4つのジャンプ台がある。
    オリンピック金メダリストなどを多数輩出している。

    トリノオリンピックでは、
   下川町出身であるスキージャンプ日本代表選手が4人選抜された。

       (岡部孝信・葛西紀明・伊東大貴・伊藤謙司郎)

 

また、相撲力士の「安念山」1934年は下川町出身



上川町

4,403人(人口、2009年3月31日)

アイヌの人々に「ペニウングルコタン」
(川上の人の村)とよばれたことから町名がついた。

 

上川町は上川支庁管内、上川郡にある町。11a5525b.jpeg

大雪山のうちの一つ黒岳への登山口には、
北海道有数の温泉街である層雲峡温泉がある。

大雪高原温泉の秋の紅葉は「日本一の紅葉」として知られ、
紅葉時期には交通規制がなされるほど混雑する。
ラーメン日本一の町として「上川ラーメン」にも力を入れている。

 層雲峡・層雲峡温泉街には層雲峡ビジターセンターなどがある。

流星の滝、銀河の滝を中心とする数多くの滝や、小函(こばこ)、
大函(おおばこ)を中心とする柱状節理の岩壁などが見所となって
いる。

 

大雪山国立公園・標高1984メートルの黒岳(くろだけ)へは、7合目まで
ロープウェイとリフトが通じており、そこから頂上までは徒歩で1時間前後。
また、銀泉台(ぎんせんだい)を登山口とした標高2079メートルの赤岳(あかだけ)
までの登山や、大雪高原温泉を拠点にした沼めぐりコースなども人気がある。

大雪山は国の特別天然記念物(天然保護区域)にも指定されている。


 

原田雅彦(スキージャンプ選手、長野オリンピック金メダリスト)の出身地。

愛別町

3,528人(人口、2009年3月31日)

 

愛別町は、明治28年に和歌山・岐阜・愛知から179戸が入植。42a81ab2.gif

上川支庁管内の上川郡にある町。きのこの大生産地。

町名はアイヌ語の「アイペッ」(矢、或いはトゲ・川)からとされ、
土地の傾斜が急な為、流れが矢のように速い川(愛別川)があり、
その川の名が町名に広がったとの説がある。

しかし、愛別川はそれほど急流というわけではなく、
また、「アイ」はトゲがあるということからイラクサも指し、
その意味を「イラクサ・川」
「矢の原料になる木がある川」とする説もある。

北海道のほぼ中央に位置し、上川盆地の東北端、大雪山の麓にあります。

東は上川町、西に比布町、南は当麻町と接し、北は山脈を境にして士別市
に接しています。

きのこ・米・畜産を基盤産業とした農業の町として、
また、日本で初めて自家用飛行機を持った先進的な町として躍進を続けています。



占冠村(しむかっぷむら)

1,259人(人口、2009年3月31日)

 

1905年(明治38年)
辺富内(へとない)村(現在のむかわ町の一部)から占冠村が分村。
占冠村(しむかっぷむら)は、上川支庁南部に位置する村。

村名の由来はアイヌ語「シモカプ」(静かで平和な川の上流)から。

 4504ef01.jpeg

かつては農林業、酪農を基幹産業とする山あいの小さな村だった。

1952年に村のほぼ全てが水没する巨大ダム・赤岩ダム計画が
持ち上がったが住民全てが反対し、
1961年に中止となった。
その当時のダム事業中止は全国的に極めて珍しい例であった。

占冠村(しむかっぷむら)鉄道交通の利便性の良さから
トマム駅周辺はリゾート地として開発された。

2009年5月22日~23日には、
16の国や地域の首脳と日本のし首相が集う
第5回日本・太平洋諸島フォーラム首脳会議(「太平洋・島サミット」)が占冠村トマムで開催された。

 

周囲を雄大な山々に囲まれた山里の地。
山々は,それぞれの分水嶺となり村内を双珠別川,鵡川が流れ鵡川の源流をなし、
山や川の恵みあふれる自然の豊かさが人々の心を潤します。

鵡川の流れが,山を削り色とりどりの奇岩や巨石を露出させ美しい『赤岩の峡谷』を
形成しバーベキューやなめこ狩りをしながら四季折々の景観を楽しむことができます。
 また、年間を通じ各種スポーツを体験できます。

トマム地区では初夏からラフティングや熱気球などのアウトドアスポーツ、
冬には、スキーは無論、スノーボードが全コース滑走可能である多彩なゲレンデが魅力
のトマムスキー場では、初心者から上級者まで楽しむことが出来ます。
 占冠村には、道内随一の公営山菜加工工場があり、多彩な製品がつくられていますが、
その中で、フキ、ワラビなどの味噌漬や三升漬が人気です。
 



東川町

7,783人(人口、2009331日)

大雪山麓にあって豊富な地下水を湧出するため、
北海道内で唯一水道のない町として有名。c8e031f0.jpeg

 

東川町(ひがしかわちょう)は、上川支庁管内、上川郡にある町。

北海道の峰といわれる
大雪山連峰の最高峰旭岳(2,291m)は東川町域に所在。

豊富な森林資源と優れた自然の景観は、
観光資源として高く評価されている。

大雪山国立公園(面積2,267.64k㎡)は
昭和9年(1934124日に指定を受けており、
そのうち東川町域は約102.55k㎡となっている。

旭岳の登山口にあたる旭岳温泉街と天人峡温泉は、夏と紅葉の秋に大変賑わう。



南富良野町
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2,876人(人口、2009年3月31日)

1891年(明治24年)砂金採取者が金山に入り、開基となる。

南富良野町は、上川支庁南部に位置する町。

かなやま湖があり、釣りのほかカヌーやカフティングなどの
アウトドアが体験できる町として有名。

 

浅田次郎氏の短編小説「鉄道員(ぽっぽや)の映画化
ロケ地となったのが根室本線「幾寅駅」
映画界の大俳優「高倉健」さんが主演し、厳しい寒さの続く1月、
大勢のロケ隊により撮影が繰り広げられ、平成11年6月公開されました。





中富良野町

5,648人(人口、2009年3月31日)

 

中富良野町(なかふらのちょう)は
上川支庁南部に位置する町。
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富良野地区を代表する
ラベンダー園「ファーム富田」があるのは中富良野町。

 

富良野地方の開拓の始まりは,明治30年の三重団体とされる。

中富良野町のフラノ原野開拓第一歩の地「憩いのにれ」の跡に
「富良野平原開拓発祥の地」の碑がある。

しかし、最も早く入植したのは中富良野町から単独で
中富良野の西中に入った中富良野町である。

それでもなお三重団体が開拓の祖とされるのにはいくつか理由がある。

まず,伊藤喜太郎は富良野原野に殖民区画が引かれる前の入地で,
法にのっとった入植ではなかったこと。

そして,三重団体は団体として正当な手続きを取って入植し,成功を収めたこと。

さらに,大正15年の十勝岳噴火による泥流で三重団体が直撃を受け,没落した
ことなどで三重団体の説が定説となったようだ。


上富良野・中富良野・下富良野とも,明治30年になると堰を切ったかのように
三重団体を皮切りとして次々に団体が移住している。
ところが中富良野町では,伊藤喜太郎入植の明治28年を開基の年としている。

しかし,富良野市は上富良野町にあわせて明治30年を開基としている。
上記のような経緯がある。

富良野川と空知川が合流するのが富良野市で,地形的に見ると富良野市が
富良野地方の中心になるべき地域であったことは明らかである。
にもかかわらず,初期に開拓が遅れたのは,大部分が北大の第8農場,東大演習林,
皇室の御料地で占められていたからである。
開拓者は,それらの農場の小作人となったが,後に全道でも有数の激しい
農地解放運動が展開されることになる。

 



上富良野町

12,071人 (人口、2009年3月31日)

 

1897年(明治30年)三重県から入植、
初めて開拓の手が入り富良野村が設置。
882071b9.jpeg

上富良野(当時の名称は富良野村)で
その後他の地域が開拓された。

 

上富良野町は、
北海道のほぼ中央部に位置し、北から東にかけて
美瑛町と新得町(十勝支庁)、南富良野町、
南から西にかけては富良野市と中富良野町に隣接しています。

旭川市へは約46km(国道237号利用約1時間)、
旭川空港へは約35km(車で約45分)、

札幌市へは約140km(国道237、38、12号利用 約3時間、国道237号、
道央自動車道利用 約2時間15分)、
帯広市へは約136km(国道38、237号利用約2時間45分)の距離にあります。

 

観光施設としては

十勝岳温泉(国民保養温泉地)

吹上温泉

フラワーランドかみふらの

ファーム富田・ラベンダーイースト

日の出山公園ラベンダー園

深山峠

トリックアート美術館

千望峠

土の博物館「土の館」

かんのファーム



2008年8月7日。 日本の一番東にある根室から出発します!
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上家二三夫
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